「生きづらい日本」を変えたい。仕事と家庭の“両立不安”を解消する体験型研修で目指す自分らしいワーク&ライフの実現
【連載コラム】女性起業家の経営とファイナンス

女性ならではの視点や感性を活かし、社会に新たな価値を提供している女性起業家。この連載では、今注目の女性起業家にフォーカスし、経営ストーリーやリアルな体験をインタビュー形式でお届けします。
今回は「自分らしいワーク&ライフの実現」をミッションに掲げ、様々な研修を提供しているスリール株式会社の代表取締役社長 堀江敦子さんにお話を伺いました。大学生を対象にした仕事と育児の両立体験プログラムや、管理職が部下の両立を実際に体験してみる育ボスブートキャンプなど、先進的なプログラムを提供し続けている同社。そこには“意識・行動の改革”につながる鍵がありました。
●インタビュイー:
スリール株式会社
代表取締役社長 堀江敦子さん
●プロフィール
日本女子大学社会福祉学科を卒業後、大手IT企業に入社。マーケティングリサーチに4年間従事したのち退職し、2010年にスリール株式会社を設立。法人向けの女性活躍・ダイバーシティ推進・研修・コンサルティング、行政・大学向けのライフとキャリアのデザイン教育を展開する。内閣府 男女共同参画会議専門委員、厚生労働省 イクメンプロジェクト委員、内閣府男女共同参画局 専門委員/厚労省イクメンプロジェクトなど行政委員を多数経験。現在は、さらなる研究を深めるために立教大学経営学修士 リーダーシップ開発コースに在学中。
著書:『新・ワーママ入門』(著:堀江敦子 出版:ディスカヴァー・トゥエンティワン)
起業の背景
ライフステージが変わるだけでマイノリティになる社会はおかしい
――貴社はキャリア教育と仕事・家庭の両立にフォーカスした様々な研修プログラムを提供されていますが、この事業を行っていこうと思った背景を教えてください。
中学時代から保育園や児童養護施設などでボランティアをしていて、社会課題について考える機会がたくさんありました。大学に進んでからは、障害のある方や要介護の方の施設30か所以上でボランティアを行ってきました。
そこで感じたのは「日本は、なんて生きづらいんだろう」ということです。子育てや介護は人生において起こりうるライフステージの変化であるにもかかわらず、このステージに上がった途端に自分らしく働いたり生きていったりするのが難しくなる。突然、マイノリティになってしまい、自分らしく生きられなくなる状況はおかしいと思ったんです。
どうしたらライフステージが変わっても誰もが自分らしく生きられる世の中になるのかを考えたときに、先々のことを考えて行動できる人材を育成すること、また、多様な人材が働き続けられる環境づくりが必要と思い、大学生のキャリア教育と企業向けの研修を行っていこうと決めました。
――起業を決めたきっかけとなった出来事があったのでしょうか?
大学卒業後は大手IT企業に入社しました。2007年のことですが、当時、子育てに対する職場の理解の低さに違和感を覚えたのがきっかけです。私は中学時代から200人以上のお子さんのベビーシッターをしてきた経験があるので、仕事と家庭を両立する難しさもわかっていましたし、どうすれば実現できるのかも学んできていました。
ですが、成績トップだった先輩の女性社員が出産して復職した後、17時までの時短勤務になったことを理由に評価が下げられてしまったのを目の当たりにしたんです。私にとっては、とても衝撃的なことでした。
当時の社会環境からいうと仕方ないという思いもあったものの、17時に帰るだけで評価されないのなら、男女に関係なく働き続けるのは難しいですよね。私自身も先々ライフステージが変化する中で働き続けると考えたときに、この職場を変えなくてはならないと思いました。
そこで、同期の社員50人に「働きやすい環境づくりをしていこうよ」と声をかけました。みんな「いいね」という反応ではあったものの、「じゃ、がんばってね」といわれたんです。必要なことだとわかっているのに当事者意識がない。私は、このことに愕然としました。
数年後には自分が当事者になるのに、その状況にならないうちは他人事なわけです。今まで課題を抱えていた人たちも喉元過ぎれば熱さを忘れる状態で、育児が落ち着いたら声を上げません。結局、この悪循環は止まらないんだとわかったときに、起業しようと決めました。
自分にとって必要なものなんだという意識に変われば行動が変わりますし、会社組織が変わっていきます。そう考えて2010年に起業し、現在の事業をスタートしました。
事業内容について

経験学習とネットワーク構築で意識・行動を変えていく
――貴社の事業内容と特徴を教えてください。
法人向けの女性活躍・ダイバーシティ推進研修とコンサルティング、大学・行政を対象としたライフとキャリアのデザイン教育を二本柱に、様々なプログラムを提供しています。1日でできる研修から数か月間にわたって学んでいく研修までラインナップはいろいろで、リアルとオンラインのどちらの受講形態にも対応しています。
弊社の研修プログラムの大きな特徴は経験学習とネットワーク構築の2つで、意識と行動を変えていく内容になっています。弊社は育児中の女性社員や管理職、学生の実態を集めたデータを持っているので、これらを分析した上で効果の高いプログラムを提供しています。
たとえば、他者理解を深めるワークショップで、上司と部下が入れ替わってコミュニケーションするというものがあります。立場が変わるとどれだけ伝わりにくくなるのか、実際に体験していただくわけです。この経験学習を通じてコミュニケーションが変わっていくと、組織課題の大体のことは解決されます。
もう一つのポイントはネットワーク構築です。これは、社員が自律的に行動していくだけでは難しい局面に多々ぶつかる中で、悩んだ時に相談できる相手として、横や斜めの関係性を構築していきましょうというものです。
キャリア自律を行っていく上では、自分のキャリアビジョンを明確にすること、自身の強みを理解すること、そして巻き込み力のあるコミュニケーションの仕方を学ぶことが大事です。とくに女性は自分の能力を低めに見積もってしまう傾向があり、自信をもって相手に伝えたり、巻き込んでいったりすることが苦手という人が多いんですね。
キャリアビジョンに向けて前向きに行動するには、3つのことが必要だと考えています。1つ目は「キャリアビジョンを描くこと」で、これを山に例えると、頂上がどこかを知ることです。2つ目は「やり方がわかっていること」。これは選択肢を広げるという意味です。3つ目は「相談相手がいること」。この3つを身につけられるのが、弊社のプログラムで得られる大きな成果になります。
出産経験のない女性の92.7%が仕事と子育ての両立に不安を抱えている
――2010年の設立当時は、まだ女性活躍推進や働き方改革という言葉が使われていませんでしたが、企業や行政・大学からの反応はどうだったのでしょうか?
2010年当時は女性活躍推進や働き方改革という認識がなかったので、そこに予算を使う企業や行政・大学はなく、ビジネスになり得ませんでした。どうやってビジネス化するかを考えて、まずは学生の意識・行動を変えていくワーク&ライフ・インターンのプログラムを提供するところからスタートしました。
このプログラムは、学生が実際に子育ての場面に入りながら「働くこと」「家庭を築くこと」を体験するというもので、受け入れ家庭であるワーキングマザーから共感の声をたくさんいただきました。今はキャリア教育の必要性が認知されて行政や大学、企業から予算をいただけるようになりましたが、設立当初はご家庭からお金を頂戴するという形をとっていました。
学生はワーク&ライフを学ぶ機会が家の中にしかないので、自分の親しか生き方のサンプルがありません。選択肢を広げる機会を持てていないわけです。そこで、学生が各家庭に4か月間、月6回インターンとして行き、家庭の方やお子さんと関わりながら学んでいくプログラムを作りました。
企業で活躍されている方の話を聞くキャリア勉強会や自己理解を深めるための場も盛り込み、最後にビジネスアイデアをプレゼンテーションするといった内容です。自律的にキャリアを進めていくための考え方や行動の仕方を学生時代に学ぶことで、就職先を決める前の段階で、自分らしい生き方や働き方を実現するための選択肢を広げられるようになります。
キャリア自律ができる人材を学生時代から育てて社会に循環させていきたいという思いで始めたのですが、当時は企業や行政・大学からの理解を得ることが難しかったですね。
――今でこそ女性活躍推進やキャリア教育の必要性に対して理解が進んでいますが、当時は説明が必要だったわけですね。
そうなんです。説明に時間がかかることが多かったため、数値的に理解してもらおうと考えて「両立不安白書」を作成しました。出産経験のない女性の92.7%が仕事と子育ての両立に不安を抱えていて、その不安が原因で働くことをあきらめようと思った人は50%、育児をあきらめようと思った人は50%弱という結果が出ています。不安だけが原因で二者択一になっているのが現状で、その要因は生き方のサンプルがないことや、現状の働き方・管理職の在り方では難しいことを伝えてきました。
女性管理職を増やしていくには、制度や働き方の見直しと意識改革の2つが重要になります。女性たち自身の「管理職になりたくない」という意識が問題視されることが多いのですが、ある調査では、3年以上管理職を経験した女性の8割が「管理職になってよかった」と答えています。
3年以上かかるといわれる背景には、女性は「部下が成長した」「組織が良い方向に変化した」など、自分の存在価値を感じたり、自己成長を実感できたりしたときに喜びを感じるということがあります。そした状態に到達するまでには、ある程度の時間を要するわけです。
なので、女性社員が管理職への昇進を拒んだ際はその意見を丸呑みするのではなく、背中を押してあげてくださいと伝えています。同時に、好循環する組織を作っていくには、上司のマネジメント研修やアンコンシャス・バイアス研修も並行して行っていく必要があります。
――ワーク&ライフ・インターンを経験した学生からはどのような声が上がりますか?
スタートしてからの11年間で、1500人以上の卒業生がいます。女子学生の場合は、二者択一しかないと思っていたのが、仕事と家庭の両方で自分らしくやっていけることがわかったという声が多いです。男子学生は少し違っていて、いい会社に就職するのがゴールと思っていたのが、プライベートと仕事の両面から将来を考えたり、サスティナブルな働き方を考えたりといった意識の変化が多いですね。
アンケートでは、「社会に出るのが楽しみになった」という学生がインターン実施前後で57%から87%に増加しています。「制度が整っていない中でも仕事と子育てを両立する自信がある」と答えた学生は、インターンの前後で13%から60%まで増えています。
また、「インターンを経験していたことで就職後に周囲との違いを感じることがあるか?」という問いでは72.7%がイエスと答えていて、同期や先輩には両立不安を抱えている人が多いけれど自分は何とかなると思えているという声を聞きます。
会社の制度にとらわれるのではなく、自分自身のスキルを磨いたりネットワークを作ったりする中で、より良い状態を作るための行動がとれる状態になっているのです。とても自律的にキャリアを構築している卒業生が多いなと感じます。
収益化と資金繰りについて
社会の変化に合わせてビジネスモデルを転換
――各家庭から収益を上げるモデルから、法人・行政・大学を対象とする形にビジネスモデルを転換されていますが、その経緯を教えていただけますか?
設立当初から企業や行政、大学から予算をいただくモデルを考えていましたが、当時はマーケットができていませんでした。大々的に女性活躍推進やダイバーシティの研修を提供しているといえるようになったのは、女性活躍推進法が成立した2015年からです。ワーク&ライフ・インターンのプログラムを全て行政・大学向けにシフトしたのは2019年。社会の動きを見ながら、このタイミングでシフトしたほうがよいという意思決定をしました。
行政は人口減少が大きな課題となっているので、その施策として企業と子育て中の方、キャリア教育を結び付ける本プログラムに大変興味を持ってもらっています。京都府を始め、6つの地域で導入実績があります。大学は就職のためのキャリア教育になっていることがほとんどなので、ライフとキャリアの観点から学べる弊社のプログラムをインターンシップの一つとして導入したり、授業の中で実施したりという形でご利用いただいています。
企業の意識が変わったのは、ESG投資(環境:Environment 社会:Social ガバナンス:Governanceも視野に入れた投資)の注目度が高まっていること、ISO30414で世界的に人的資本を大切にしていく方向に進んでいること、2021年にコーポレートガバナンス・コードが改訂されたことが大きいです。経営戦略として、本腰を入れて女性管理職の育成やマネジメント力強化に乗り出す動きがようやく活発化しました。
弊社では半年に1回、メンバー全員の合宿という形でビジョン会議を行っています。そこで、毎年スリールの存在意義を問い続けています。社会の変化によって人の状況は変わるものなので、弊社が行っている人財育成の現場も変化が著しいです。変化の兆しを敏感に捉えながら、社会が求めるサービスを提供できるように心掛けています。
――貴社の認知度が高まった取り組みを教えていただけますか?
注目されたという意味では、世の中のニーズに合わせてインパクトのあるプログラムを作ったときですね。ワーク&ライフ・インターンは、大学生を対象にしているという目新しさで多数のメディアが取り上げてくれました。
また、育ボスブートキャンプという、管理職が育児中の部下の立場になって子育てと仕事の両立を実践してみるという体験型の研修も話題になりました。ニーズはあるものの未開拓の市場に新規性のあるプログラムを提供するという、いわばブルーオーシャン戦略であり、これは社会への啓蒙活動でもあります。
――これまでの資金調達の方法を教えていただけますか?
創業時は、資金調達はしていません。起業家プログラムに参加して、賞金をいただいたことがあるくらいです。弊社は労働集約型のビジネスで、大規模で展開しているわけではありません。そういった意味では大きなリターンを見込むのが難しいビジネスでもあるため、IPO(新規公開株式)も考えていません。
そのため、資金調達は融資がメインの手段です。また、キャリア教育の領域は社会的なビジネスなので、助成金を利用して調達することもあります。ビジネスモデルをシフトするタイミングでは、切り替えるための準備資金という形でクラウドファンディングも利用しました。
今後のスモールビジネスの世界をこう見る

経営者の思いが乗っている事業であることが大切
――今後のスモールビジネスには、どのようなことが求められると思いますか?
ある程度規模が大きくなるとマーケットインの考え方も重要になると思いますが、スモールビジネスの場合は、今求められているものは何かを見極めることと、経営者自身の原体験がとても重要になると思います。
ユニクロの柳井社長が“1勝9敗”という言葉を使われていて、私はこの言葉で起業を決めました。9連敗した後に「あと1戦お願いします」といって初めて1勝9敗という状況が生まれます。
そのため、9連敗しても、もう1回挑めるような事業なのか、それだけ自分は身を投じられるのかということは、ビジネスを継続していく上でとても重要だと思っています。経営者自身の思いが乗っていること、心から解決したいことがあり、それを成し得る事業であることが大切なのではないでしょうか。
――これからの女性起業家に必要なことは何だと思いますか?
資金調達や資金繰りの観点では、財務や投資に関する知識・感覚を持つことは必須だと思います。私も含めて、そうした分野を苦手に感じる女性は多いのですが、しっかり学んでおく必要があります。また、少人数であっても、社員を雇う場合はマネジメントのスキルも必要になってきます。
経営者はメンタル的に追い込まれることが少なくないので、メンター的な存在を持っておくことをおすすめします。私自身でいうと、プライベートと仕事の両立で悩んだらこの女性経営者に相談する、組織を考えていくときには経験値の高い方に相談するというように、たくさんのメンターがいます。悩んだ時に相談できる相手がいることは本当にありがたいですし、男女問わず経営者として作っておくべきネットワークだと思いますね。
また、MBAとまではいかなくても、ビジネスフレームを知っておけば共通言語として対話ができるようになります。これをやりたいという思いでプロダクトアウトする場合が多いと思いますが、それを広げていくときにはビジネスフレームを知っておく必要性が出てきます。そういう意味でも、学び続けることは経営者としてとても大事なことだと思っています。私も必要なタイミングで単発でビジネススクールに通ったり、現在も大学院に通いながら学びを続けています。
――今後、堀江さんが挑戦したいこと、成し遂げたいことを教えてください。
女性活躍推進は、女性のためのものだけではありません。時間制約というところが一番の課題となるわけで、これを解消することは多様な人材が活躍できる組織になるための第一歩になるのです。
育児というのは、介護に比べると変数が少ないんですね。子どもは多様でありながら、ほとんど同じように成長していきます。仕事で影響を受ける時間の使い方や、緊急で休まないといけない時期・タイミングが大体決まっています。ここに対応できないということは、多様性を受け入れることができないという状態なわけです。
時短勤務を取得しなくても柔軟に働ける環境とチーム作りを行うことが、強靭な組織を創る上で重要です。また、勤務時間や属性に関わらない公平な評価制度は、男性にとっても昇進意欲を高めるということが研究でも明らかになっています。どのような状況でも働くことができ、活躍できるモチベーションを持てることが、イキイキとした組織づくりに繋がるのです。
私の人生のミッションは、誰もが自律して幸せな社会を作るということ。それを企業や教育の中で実現したいと考えています。そのために、自分自身も女性活躍推進や人的資本において、より多くの経営者の方を支えられるような専門家になっていきたいと考えています。先々には、教育の根幹に携われるようになりたいという思いもあります。掲げているミッションが大きいので一生到達できないかもしれないですが、できるところから一歩ずつ進んでいきたいです
(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)