チーム体制ワークシェア型BPOで誰もが“スタートライン”に立てる社会へ
【連載コラム】女性起業家の経営とファイナンス

女性ならではの視点を活かしたビジネス展開で、社会に新たな価値を提供している女性起業家。この連載では、女性起業家の経営ストーリーやリアルな体験をインタビュー形式でお届けします。
今回は、女性のキャリアと社会をつなぐ在宅ワークの仕組みを2000年から提供し、全国11万人の会員数までネットワークを広げてきた株式会社キャリア・マム代表取締役社長の堤 香苗さんにお話を伺いました。
●インタビュイー:
株式会社キャリア・マム
代表取締役 堤香苗さん
●プロフィール
早稲田大学第一文学部・演劇専攻卒業。アナウンス研究会に所属し、在学中よりフリーアナウンサーとしてラジオ・テレビのパーソナリティやイベント司会として活動。卒業後は演劇養成所に一年間通った後、フリーアナウンサーとして活動を再開。結婚・出産を経て1995年に育児サークルPAOを設立し代表に就任。2000年に株式会社キャリア・マムを設立。2006年に「テレワーク推進賞 支援・活用の部」優秀賞受賞、2014年には「女性のチャレンジ支援賞(内閣府)」受賞ほか受賞歴多数。内閣府や経済産業省など官公庁の専門委員を多数務めるほか、女性のキャリア支援やダイバーシティ・マネジメントなど多彩なテーマで講演活動を行っている。
起業のきっかけ

ママが「イケていない」のは、自分らしさを発揮できる仕事に就けていないから
――キャリア・マムの設立から20年以上経ちますが、立ち上げた背景を教えていただけますか?
もともとはフリーアナウンサーとして働いていましたが、長男を出産後、育児に時間を取られて仕事の準備すらままならない状態が続いていました。仕事をセーブしつつ今後のことを考えていたときに初めて地元の公園に子供を連れていったのですが、そのときに子供を遊ばせているママたちがとても「イケていない」と感じたんです。
自分たちとは異質だと感じるものは、仲間として受け入れない姿がそこにありました。その背景には妬みや不安などいろいろな要素があると思うのですが、このような姿勢・考え方の母親が子供を育てていく社会は、とても残念だと思ったんです。
こうしたことが起こるのは、ママが自分らしさを発揮できる仕事に就けていないことに起因していると思いました。とはいえ、社会環境を見ると「日本国籍じゃないから採用してもらえない」「一人親で子供が小さいと履歴書すら見てくれない」など、ステレオタイプの条件に押し込まれてしまっている現実があり、ママたちの話を聞けば聞くほど悔しさや憤りが生まれました。
また、専業主婦にとっての優先は子供であり旦那さんであり、自分のために使う時間やお金は最後になりますよね。旦那さんの稼ぎから工面するので、本を一冊買うにも遠慮してしまうわけです。家族が気持ちよく暮らせるように努力するのは美しい姿ではありますが、母親としての成長は鈍化してしまいます。
このときに感じた違和感の正体を15年後くらいに答え合わせすることになるのですが、多摩市で中高生の就業意識調査として座談会を行ったときのことです。中高生の女の子から「専業主婦の母親は文句が多くつまらなそう。私は同じような生き方をしたくない」という声が上がり、愕然としました。母親は子供のためにいろいろなことをあきらめて今の生き方を選んでいるのに、子供からすると、自分の将来像の見本になっていないという事実を突きつけられました。
どうやってこれらの問題を解決すればいいのかを考えたときに思いついたのが、育児や家事があって1人で1人前を働けないなら、10人で1人前を働くような仕組みを作ればいいということでした。在宅で好きな時間に働ける体制を作り、ワークシェア型で働きましょうという現在のキャリア・マムの原型ができたわけです。
初めから法人化を目指していたわけではなく、サークル活動の延長線上のようなスタートでした。それがある時、取引先から「法人じゃないと発注できない」といわれ、必要に迫られて会社を設立したというのが起業の経緯です。
――違和感や憤りはあっても、なかなか行動に移すことができない人も多いと思います。起業のきっかけとなった出来事はあるのでしょうか?
大きなきっかけは子宮がん検診で異常が見つかり、存命率6割といわれたことです。結果的には大丈夫でしたが、約半分の確率で死ぬかもしれないという状態になったときに、自分が納得できる生き方をしていないと思ったんです。子供が2歳になる前でしたが、母親として残せるものが何もない。将来、子供がつまずいたときに支えてあげられないなら、せめて、どんな人でも価値が認められて自分らしく生きられる世の中のタネだけでも蒔きたいと思いました。
もう一つ、私が行動を起こす大きなきっかけとなったのは、障がいを持つお子さんを連れたママに夜の公園で会ったときのことです。この親子のことは以前に昼の公園で見かけていて、ママたちから仲間に入れてもらえない姿を私は遠くから眺めていました。夜の公園でお会いしたときに話しかけてみると、「昼は仲間に入れてもらえないから、誰もいない夜の公園で子供を遊ばせている」というのです。
それを聞いて、あの時もし私が「みんなで一緒に遊んだら楽しいよ」と声を掛けていたらと思うと、何もしなかった私も同罪で、自分が本当に情けなかった。一緒に遊ぶ機会を奪われた子供もママもつらいし、仲間はずれにした側も一ミリも心が痛まないわけではありません。「私が何もしなかったことで誰も幸せにならない」と、ひどくショックを受けました。
いろいろなことを考えていても動かなければ何も変わらないし、私自身も何も変えようとしなかった当事者になります。できるかどうかはわからなくても、とにかく「やらんと!」と思って起業しました。
事業内容について

チーム体制のワークシェア型なので、働く側・依頼する側ともに安心できる
――事業内容を教えていただけますか?
大きく3つの事業を運営しています。
1つ目は、全国11万人の在宅ワーク会員を活用したBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業です。入力・画像収集・検索・コール業務などの簡単なタスク業務を一括納品して、お客様の業務改善や生産性向上に役立てていただいています。最近では、AIアノテーション業務の教師データ作成などの業務も増えてきました。
2つ目は、官公庁から受託運営する事業で、育児・介護を機に離職した女性を対象に在宅ワーカーの育成を行っています。2021年度には東京都からの受託で、「ひとり親家庭在宅就業プログラム」も運営しています。
3つ目は、女性のキャリア支援に関連する施設の運営です。2014年に「おしごとカフェ」を、2018年には保育室併設の「コワーキングCoCoプレイス」を開業しました。いずれも本社がある多摩市の商業施設内にあります。ワーキングCoCoプレイスは東京都インキュベーション認定施設で、地域のフリーランスや創業者を支援するための施設として創業相談なども受けています。
――他のアウトソーシングサービスとの違いや、貴社ならではの強みを教えていただけますか?
当社はチーム体制で受けているワークシェア型なので、お互いにフォローしながらタスク業務を行っています。急ぎのご依頼や大量の業務でも、働く側・依頼する側の双方ともに安心できる点が大きな違いです。
当社のワーカー会員には簿記や秘書などオフィス関連の有資格者や、教員免許、栄養士、保育士といった資格を持っているなど多様な人材が集まっているので、お客様が求めるスキルとのマッチングができます。
また、9割が女性や母親なので、商品開発のためのリサーチやマーケティング業務のご依頼もとても多いですね。たとえば、家庭の食卓調査ということで、食卓の画像を撮影したり冷蔵庫の中身を撮ったりして、企業のマーケティングに役立てていただいています。
――全国で約11万人が登録されているということですが、会員の特徴的な傾向はありますか?
さまざまな資格や経験はあるものの、能力を発揮する場を持てなかったというママが多いですね。基本的には家事・育児と仕事を両立するために、在宅で働きたいという方がほとんどです。
先日、中間都市にある行政から相談を受けたのですが、「セミナーに参加するには旦那さんの許可をもらわないといけない」という声が多いとのことでした。「いま、令和ですけど?」と聞き返したくなるような、ふた昔くらい前の話に思えますが、これが現実。専業主婦は旦那さんの稼ぎで生活しているので、「女性の役割は家を守ること」という考え方が今なお続いているわけです。
人と異なることをすると返り血を浴びるので躊躇する方が多いのだと思いますが、女性はもっと経済的に自立すべきだと私は思っています。お金を稼ぐというと何か卑しいことのように捉えられがちですが、お金は行動や社会変革を起こすときに必要な栄養分です。
キャリア・マムの会員さんは、初めは「自分にできるのかわからない」という不安はあるものの、キャリア・マムを利用して自分らしく生きたいというのが本音ではないでしょうか。
自分自身もできることを増やしたい
――事業運営にくわえて官公庁の専任委員を務められたり講演をされたり、多忙な毎日を過ごされていると思いますが、堤さんご自身のライフスタイルはどのような感じなのでしょうか?
女性社長には多趣味な方も多いのですが、私は本当につまらない女でして(笑)。もともとは社交的なタイプでもないんです。ただ、私のスタンスを率直に話していると、男性でも女性でもカミングアウトのような話をされることが多く、それがとても面白いですね。
その話の中にある人生模様がとても素敵なんです。いろいろな不幸があっても元気で笑っていることが本当にすごいなと思いますし、そうした話を聞くのがとても好きです。
あとは、50歳を過ぎてから保育士の資格を取得しました。現在は保育園の経営もしているので必要に迫られたということもありますが、できることを増やしていきたいんです。私はものすごく整理下手で、家の中が“冨士の樹海”みたいな感じなんですね(笑)。それで、整理収納アドバイザーの資格も取りました。ほかには、達筆なお礼状を書いている人が羨ましくてペン習字を習ったりもしています。
私は「できない」ということがとても悔しいと感じるタイプなんです。今は子供も成長していますが、「お母さんて、この程度なの?」と思われるのが悔しいので、ちょっとずつですが、できることを増やしていっています。
収益化と資金繰りについて

「勝負に出るぞ!」というときに困らないくらいの手元キャッシュを持っている
――事業を続けてきた中で、ぶつかった壁を教えていただけますか?
起業したばかりの頃は、人材が安定しなかったですね。私は自分ができないのに、めちゃくちゃこだわるので、現場としては辛かったのだと思います。指示の出し方が文系なので、理系の人にとってはわかりづらいということもあったと思います。理系の人はプロジェクトで動くことを見える化したり数値化したり、きっちりとスケジュールを立てて進めていきますが、私の場合は感覚でいくので、それが理解できる人じゃないと辛くなるわけです。
感覚値は外れていないのですが、結果が出るのは3年後くらいになります。ですので、事業年数が浅いときは、周囲がなかなか納得してくれませんでした。私が示した方向性で収益が見えてくる2~3年を経験して、ようやく「社長がいっていることは成功のエビデンスはないけれども、きっと大丈夫」という信頼が生まれ、動いてくれる人が増えていったという感じです。
私はチャレンジして失敗したことに対してはうるさくいいませんが、チャレンジせずにできなかったことには厳しくいいます。ソロバンで考えているというよりも、挑戦してほしいという気持ちがすごくあります。
――収益性を高める上では、どのような戦略を考えられたのでしょうか?
設立当初は、入ってくる収入よりも出ていく経費を絞るということをやりました。会社設立と同時に都市公団の仕事を受けていたので、固定の売上はありました。支出を絞り込めば、毎月安定的に利益が残りました。ただ、利益が出て初めて「こんなに税金を払うのか」とわかったんです。税金の仕組みはわからないことだらけで、起業してからたくさんのことを知りました。
収益化では、今はロングレンジで見ています。中小企業の経営は国の金融政策によっても変わりますし、金融機関の格付けもありますが、事業の資産はお金だけじゃありません。ブランド力や人脈もそうですし、見えない価値を資産につなげていくことが大事です。
国の会議にたくさん参加させていただいたのですが、その場にいらっしゃった先生方の発言や資料から、いろいろなことを学ばせてもらいました。それが今の事業成長に大きく役立っています。
――資金調達はどのような方法を取られたのでしょうか?
スタート時は事業説明会を実施して、36人ほどの株主から出資していただきました。途中で、VC(ベンチャーキャピタル)が入っていた時期もあります。今は社員の持ち株制度を整え、株式に関しては私がコントロールできる範囲に集約しています。借入ではメガバンクや地銀、信金を含めて10行ほどと取引があります。
――資金繰りで苦慮した場面がありましたら教えてください。
やはり創業期の3年間くらいは大変でした。小さな会社では起こりがちですが、入金を待って支払いをするようなことが続いて、毎月3~4日は資金繰りに忙殺されていました。
勝負に出たいときにお金を貸してもらえなかった経験もしているので、今は手元のキャッシュは潤沢に持つようにしています。魅力的なM&Aの案件があれば即実行したいですし、新規でやりたいことが出てきたらチャレンジしたいので、「よっしゃ、ここは勝負に出るぞ!」というときに困らないくらいの流動資金を持つようにしています。
今後のスモールビジネスの世界をこう見る

お客様の笑顔を引き出したいと思って仕事をしている会社かどうかが分かれ目
――今後のスモールビジネスで、勝ち残る企業と消える企業の分かれ目はどこにあると思いますか?
兼業・副業は今後も増えるでしょうし、会社が従業員をホールドするのはすでに難しくなっています。そうした中でビジネスにも広がりが出てくる一方、お客様がお金を出してでも買いたいと思う商品・サービスを提供できなければ勝ち残れないと思います。
商品・サービスを作ることだけが仕事ではなくて、それを使っていただけるように売らなければなりません。今はWebを使うケースが多いですが、文字でも写真でも、お客様とのコミュニケーションが大事です。いいものを作ってさえいれば勝手に売れていく時代ではないですから、お客様が「いいな」と思うものを作り出すクリエイティビティが必要なわけです。
そのためには、お客様の声を聞くことがとても重要です。自社の商品・サービスを使ってもらうことで、お客様の笑顔を引き出したいと思って仕事をしている会社なのかどうかが問われると思いますね。自分が納得できる商品・サービスかどうかではなくて、お客様の目線で考えられるか。そこがプロとしての矜持だと私は思っています。
――これからの女性起業家に必要なことは何だと思いますか?
事業を始めたら成長させないといけません。卵から生まれたことに満足せずに、周りを巻き込みながら、お客様にどんな価値を提供できるかを考え続ける必要があります。
そのためのポイントを挙げると、まず異業種の情報を得ること。普通は自社のメインターゲットとなるペルソナを深掘りするものですが、自分が考えている顧客ゾーン以外のところに、じつは成長の可能性が潜んでいたりします。思い込みを捨てて、お客様サイドの視点を広げる上でも、異業種との交流には多くのヒントがあります。
もう一つは自分を応援してくれる人たちに、ちゃんと感謝の言葉や態度を示すこと。直接的にビジネスに関わっていない人でも、困っているときにお客様を紹介してくれたり、支えになってくれたりする場面はたくさんありますよね。
調子がいいときはつい忘れがちですが、こうした人たちを蔑ろにしていると、調子が悪くなったときに誰も振り向いてくれません。お客様に目を向けるだけでなく、周囲の人に日頃から心を配ることも大切なことです。
――今後、堤さんが挑戦したいことを教えてください。
今、当社には就労継続支援B型作業所の方に来ていただいています。これまで当社では女性やママの在宅ワークをメインに展開してきましたが、今後は対象を広げて、障がいのある方やシニアを含めて、いろいろな方を“自分らしく働く”のスタートラインに乗せていきたいと考えています。
就労継続支援B型では精神面に障がいを持つ方が多いため、コミュニケーションに若干の問題があるなど、テキストベースでやり取りをする在宅ワークが厳しいという方も出てきます。そこで始めたのがフランチャイズのコワーキングシステムで、在宅ワークが難しい方でも就労できる場を全国に広げていく取り組みをスタートしました。
「コワーキングCoCoプレイス」で商標登録していまして、キャリア・マムから仕事の依頼をすることもあります。誰もが自分らしく働ける社会を実現すべく、どんどん新しい取り組みにチャレンジしていこうと思っています。
(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)
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