2021年5月21日 コラム

【インタビュー企画】freeeのファイナンス統括に聞く!「海外公募増資352 億円」の道のり~「健全な懐疑心」で慣習の壁を乗り越える

【インタビュー企画】freeeのファイナンス統括に聞く!「海外公募増資352 億円」の道のり~「健全な懐疑心」で慣習の壁を乗り越える

2021年3月22日、freeeは海外公募増資により資金調達をすると公表しました。中長期の成長に向けたプロダクトの強化・拡充が目的となっていますが、将来の潜在的M&Aを主な資金使途としたオファリングのケースは日本では前例がほとんどなく、SaaS企業の成長戦略における資金調達手法の新たな一手として注目されています。

freeeは2019年12月に東京証券取引所マザーズに上場しました。このときも日本のSaaS企業では初となる、海外投資家への配分が約7割を占めるグローバルIPOとして話題を集めました。上場後の資金調達手段として、なぜ海外公募増資という選択に至ったのか。どのような準備によって、海外投資家の信頼と期待を獲得したのか。freee株式会社のIR・資本政策を担当する、執行役員 ファイナンス統括の原昌大 氏にお話を伺いました。

インタビュイー:
freee株式会社
執行役員 ファイナンス統括 原 昌大 氏

352億円の資金調達で何を実現するのか

352億円の資金調達で何を実現するのか

将来の潜在的M&Aを見越した資金調達により財務の機動性を確保する

――今回調達した352億円の資金使途と、freeeが描いている未来や実現したいことを教えていただけますか?

今回の海外公募増資によって調達した資金は、さらなる顧客価値の提供を目指すためのプロダクトへの投資が主たる使途です。
freeeは「スモールビジネスを、世界の主役に。」をミッションに掲げ、「アイデアやパッションやスキルがあればだれでも、ビジネスを強くスマートに育てられるプラットフォーム」の実現を目指しています。このビジョンを達成するために取り組んでいるのが、統合型クラウドERP、取引プラットフォーム、金融サービスの3領域におけるプロダクトの強化・拡充です。


統合型クラウドERPはfreeeの中核であり、ソフトウェアの強化・拡充を進めることで、スモールビジネスのバックオフィス、フロント・ミドルオフィスのオペレーションはより効率化されていきます。しかし、スモールビジネスが抱えるペイン(課題)はそれだけではありません。


BtoB取引をクラウド上で管理できる取引プラットフォームが充実していけば、スモールビジネスは今よりずっとスマートに行えるようになります。また、資金繰りに困っている企業にとっては、これを解決するための金融サービスが必要になるでしょう。


こうした課題に向き合い、解決するためのサービス・機能を追加・拡充させていくことで、スモールビジネスの方々が本来力を注ぐべき業務に集中できるようになり、その価値を存分に発揮できるようになります。これがfreeeの描いている世界であり、今回の海外公募増資は、こうした世界の実現に向けた戦略的機動性を確保するためのものと考えています。

――今回、資金調達が必要と判断した理由を教えてください。

スモールビジネスの方々がビジネスを育てることに注力できる状態をつくるというfreeeのビジョンを達成するためには、まだまだやるべきことがたくさんあり、かつ一朝一夕にできるものではありません。ですが、例えばfreeeの市場シェアが十分に大きくなってから取り掛かればいいという考え方では、実現スピードが落ちますし、成長の機会を逃すことになりかねません。


今は様々な環境の変化が起きています。ひとつは、新型コロナウイルス感染症によりリモートワークが進み、デジタルシフトやペーパーレス化のニーズが高まっていること。この背景には、これまで紙ベースで運用してきた契約書や請求書、経費精算などのワークフローがリモートワークの障壁となっている現状があります。


さらには、従業員側も実際にリモートワークを経験して、その利便性や効率の良さに気づき、新しいワークスタイルを望むようになってきていることもあるでしょう。こうした状況下で、これまでのオペレーションを見直さないと業務を回していけないという事態に直面している企業が増えています。


もうひとつは、政府の施策による影響が挙げられます。2020年度の確定申告から、電子申告をすることで青色申告特別控除額が10万円増額という優遇措置が取られました。また、2022年1月からは電子帳簿保存法の改正により、請求書・領収書などの紙での保存を不要とすることが可能になります。


こうした環境の変化から、より多くの方にfreeeを利用していただける機会が生まれています。高まりつつある需要を着実にとらえるためのプロダクトの強化・拡充は積極的に取り組むべきであり、その機動性を確保するうえで資金調達が必要という判断に至りました。

――今回の海外公募増資では、将来の成長に向けた潜在的M&Aを資金使途にされていますが、その理由を教えていただけますか?

プロダクト開発のやり方は大きく2つあります。ひとつは自社で開発するケースで、もうひとつはM&Aにより既存のプロダクトを得るという方法です。自社開発はfreeeの中心的な手段としてもちろん継続していきますが、M&Aも積極的に取り組むべきことと考えています。


直近でいうと、電子契約サービスを提供する株式会社サイトビジットをM&Aによりグループ化することを公表しましたが、急成長している領域のサービスをM&Aで得ることは時間を圧倒的に短縮できますし、自社になかった知見を即取り込めるという大きなメリットがあります。


ここで出てくる疑問として、「M&Aをした後に公募増資をしたほうが資金を集めやすいのでは?」ということがあるでしょう。通常のパターンでいくと、銀行から融資を受けてM&Aを行い、その後に公募増資などで調達した資金を使って返済していくという方法があります。しかし、freeeのようにまだまだ成長フェーズにある企業の場合、一定以上の規模となる銀行融資は期待できないのが現状です。


もうひとつの選択肢として、株式対価のM&Aという方法があります。しかし、そもそも売り手の株主が現金対価を好む場合など、株式対価M&Aが適用できないケースが出てくる可能性があります。


これらを鑑みると、M&Aの機動性を保つという観点においては、事前に一定の資金を持っておくことが非常に重要になります。財務の柔軟性を担保するという言い方もできると思います。成長の機会や手段を得られることがわかっているのに財務が制約となって本来できるはずの成長が妨げられる、という事態は避けるべきことです。こうした状況にならないよう将来の道筋を確保しておくことは、ファイナンスチームとして果たすべきことと考えています。

海外公募増資という手段を選択した理由

海外公募増資という手段を選択した理由

freeeの浮動株の87%は海外の投資家が保有。機動性を重視した選択

――なぜ、海外公募増資という方法を選択したのでしょうか?

2020年12月末時点で、市場で取引されるfreeeの浮動株の87%が海外の投資家によって保有されていました。ですので、海外公募増資は当然ともいえる選択肢でした。
国内向けの公募増資も同時に行う「グローバル・オファリング」という選択肢もありましたが、追加的な書類作成や、国内個人投資家向けのマーケティングにより多くの時間を要します。そのため、今回は機動性を重視して、freeeの株式をもっとも多く保有する海外投資家を対象とする方法を選びました。

――そもそも、潜在的M&Aを資金使途にした公募増資は可能なのでしょうか?

海外では具体的な資金使途を定めない公募増資は通常的に行われていて、潜在的M&Aでの調達事例も多数あります。しかし、日本では、まだ確定していない潜在的M&Aを資金使途として資金調達するのは非常に難しいと思われていました。
これは、日本証券業協会のガイドラインに、具体的な資金使途を開示しなければならないことが定められているためです。過去の事例を見ると潜在的M&Aのための公募増資はゼロではありませんが、ガイドラインに準拠しようと思うと資金使途記載のハードルがとても高く、実現するのは難しいだろうという共通認識ができあがっていたわけです。


ですが、海外で一般的に行われていることが日本ではなぜ難しいのか、という疑問を持ち、「慣習がない、事例がない」というだけの理由であきらめたくないという想いがありました。そこで、証券会社と議論を重ねて、最終的にはガイドラインに準じた開示文案を作成し、実行に移すことができました。


そこに至るにあたっては、証券会社との間で「どうすれば実現できるのか」という前向きな議論ができたことに加え、証券会社がfreeeの実現したいことに対して深い理解を持ってくださったことも大きかったと思っています。


今回の海外公募増資のケースは私たちにとっては初めての経験であり、わからないことが多々あるところからのスタートでした。しかし、慣習や前例から「できる・できない」を判断するのではなく、議論を尽くすことで拓ける道があることがわかったという意味でも、取り組んだ価値は大きかったと思っています。


法制度の改正を待つのではなく、既存の枠組みの中でもできることを追求し、「実務の事例から積み上げていく」ことも、我々のような企業側から起こせる一つの動きではないでしょうか。

海外投資家の反応は?

海外投資家の反応は?

SaaS企業が発展してきたアメリカでは潜在的M&Aの資金調達への理解が深い

――実際にどのように進めていったのか、とくに留意した点も教えてください。

今回freeeでは、財務・ビジネスモデル・リスク情報を開示する、英文目論見書ありの「144A」(アジア・欧州だけでなく北米の投資家にも販売が可能な方式)という方法を採用しました。海外公募増資にもいくつかやり方がありますが、なかでも、もっとも手間やコストがかかる方法です。


これを採用した理由は、まず、すべての北米の投資家が案件に参加できるようにするためです。2019年のIPO以来、freeeを支えてくれている投資家の中でも北米の比率が高いこと、また、上場後初めての海外公募増資となるため、情報をしっかり開示して説明責任を果たしたいという思いもありました。


ルール144Aでも、投資家マーケティング(投資家との面談)を行うパターンと行わないパターンがあります。今回freeeはマーケティング期間を2日間とり、CEOの佐々木を含めた2チーム体制で重要な投資家と40件ほど面談をしました。


もうひとつの選択肢であるマーケティング期間を設けずに条件決定を行う「オーバーナイトABB(Accelerated Bookbuilding)」という方法は、文字通り、案件公表当日の深夜にプライシングを行うため、市場株価変動リスクを抑えられるというメリットがあります。しかし、今回の公募増資は、IPO後の初となるエクイティオファリングでもあり、freeeが資金調達をする理由や、M&A等による成長戦略をしっかりと説明すべきであろうと考えました。そこで、ロードショー(面談説明)を行い、投資家と対話する機会を設けることにしました。


案件公表の翌日から面談が始まるのですが、今回は公表直後から投資家からの需要をいただきました。着々と積みあがる需要を見ながら、投資家との議論に集中していたら、あっという間に2日間が過ぎた感じでしたね。その他1対1の面談以外にも、より多くの海外機関投資家が参加できるラージミーティングを3回設けました。

――海外投資家の反応やプッシュバック(反論)はどうでしたか?

今回面談した投資家はfreeeの中長期の成長をサポートしてくださっている方が中心だったこともあって、プッシュバック(反論)はほとんどなく、全体として好意的に支持いただきました。


よく聞かれたのは、なぜいま資金調達するのかということや、今後のM&Aの方針です。あとは、直近でM&Aを行ったサイトビジットの話などですね。ただ、これはあくまでも、freeeの中長期ビジョンの実現に向けた進捗確認というような意味合いであり、ほとんどの投資家から「中長期の成長のためにはプロダクトの強化や拡大は必要でしょう」というお声をいただくことができました。


もともとアメリカはBtoBのSaaSビジネスが発展した国ですので、知見を持っている投資家が多いということもあるでしょう。セールスフォースもその一例ですが、同じように自社開発とM&Aを組み合わせる戦略で伸びてきたSaaS企業を多数見ていらっしゃいますし、そうした企業への投資経験も豊富に持っています。そのため、「freeeも同じ方法をとるんだね」という反応も多く寄せられました。

――今回、海外投資家の支持を集められた成功要因は何だったと思いますか?

一つの成功要因として挙げられるのは、日頃からIRやカンファレンスなどで投資家の皆さんと積極的に接点を持ち続けてきたことだと思います。コミュニケーションが薄い状態で突然に公募増資しますといっても、これだけの需要にはならなかったと思います。


普段のIRは資金調達のためにやっているわけではありませんが、日頃から投資家とリレーションを持ってfreeeの中長期戦略に理解をいただいていれば、資本市場から資金調達する必要が生じたときに大きなプラスになるということを今回実感しました。

今後のスモールビジネス経営に必要となるファイナンスの考え方

今後のスモールビジネス経営に必要となるファイナンスの考え方

健全な懐疑心は新たな道をつくる

――ファイナンス統括の立場から今回の海外公募増資を総括すると、どんなことが言えますか?

今回の海外公募増資はfreeeにとって最良の選択となることを追求した結果ですが、このプロジェクトを通じて、慣習や前例にとらわれずに建設的な議論を尽くすことの大切さを学びました。結果として、証券会社からも良い知見を得られ、freeeにとって良い資金調達となりました。ただし、これはあくまでも一つのケースであり、将来の資金調達においては過去に固執することなく、その状況におけるベストな選択をする必要があると思っています。


日本には、個人事業主から従業員1,000名以下の中堅法人まで含めると約630万のスモールビジネスが存在します。このうち、freeeをご利用いただいている事業者様は、2021年3月末時点で[約28万1,800社]です。今後クラウドの利用がさらに増えていくことを踏まえると、freeeはまだまだ成長過程にあり、道のりは長いでしょう。その中で戦略の機動性は極めて重要であり、それを可能にする財務の柔軟性も引き続き重要だと思います。


新規プロダクトを開発したりM&Aをしたりしても、すぐに大きな貢献があるわけではありません。しかし、持続的成長が見込める投資を機動的に行うときに、財務が制約とならない状態をつくっておくことは非常に重要です。そのためには、資金が必要となる前からあらゆる選択肢を考え、準備を進めておく必要があると考えています。

健全な懐疑心は新たな道をつくる

――今後のスモールビジネス経営のファイナンスにおいては、どのような考え方が必要になると思いますか?

今まで「慣習的にやっていなかったことやできなかったこと」、あるいは「海外ではできるけれど日本ではできないこと」が徐々に狭まっていく可能性はあると思います。今回の公募増資も、実現は難しいだろうという共通認識がある状態からスタートしましたが、自分たちで考え抜き、また、証券会社との議論を尽くしたことでクリアできました。すべてが当てはまるとはいえませんが、同じようなケースはほかにもあるはずです。


そう考えると、慣習だから仕方ないとか、金融機関がこう言っているから当たり前とするのではなく、健全な懐疑心を持って「本当にこれが最良か?」という疑問を持ち続けることが大切なのだと思います。


例えば金融機関のプロダクトを選ぶ際にも、担当者と建設的な議論を尽くせば、前例にとらわれない新しい道が見えたり、さらに良いパートナーになったりすることもあり得るでしょう。必ずしも金融サービスのプロになる必要はないと思いますが、金融の分野についても「健全な懐疑心」をもって議論をすることは、企業の成長を一段押し上げるきっかけになるのではないでしょうか。

※ 取引の概要については以下の資料で説明しています
海外募集による新株式発行及び株式の海外売出しに関する補足説明資料

(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)

<span style="text-decoration: underline;">社 美樹</span>
社 美樹

出版社に18年勤務。編集長、メディア設計、営業統括、システム開発PMと畑違いの職務で管理職を経験。現在は数々のメディアで企画・編集・執筆を手掛ける。得意領域は実践も積んでいるメディア企画系、人事・マネジメント系、ビジネス系、医療・美容系。インタビュー経験は200件以上。Webライティング講師も務める。

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