2021年7月21日 コラム

日本の工芸品を新たなステージへと引き上げるEC戦略

【連載コラム】ニッチビジネスの革新的戦略論

特定のニーズやジャンルに特化して、市場優位性を確保するニッチビジネス。この連載では、ニッチ領域で事業展開する経営者へのインタビューを通じて、ビジネスの構想や収益化についてのリアルな情報を伝えていきます。今回は、起業家育成や新規事業開発、アマゾンジャパンのバイイングマネージャーを経て、日本の工芸品に特化した流通販売事業を立ち上げた、日本工芸株式会社 代表取締役の松澤 斉之さんにお話を伺いました。

インタビュイー:
日本工芸株式会社 
代表取締役 松澤 斉之さん

●プロフィール
商社勤務を経て、大前研一氏の起業家育成学校の立ち上げ期に参画(現、東証⼀部上場株式会社ビジネス・ブレークスルー)。企業内アントレプレナー育成サポート事業を立ち上げ、リクルート、三井不動産、NTTドコモなどの大手企業を獲得してマザーズ上場に貢献。2006年、新規事業開発支援を行う株式会社フロイデ役員に就任。

2012年にアマゾンジャパンのホーム&キッチン事業部バイイングマネージャーに就任。新規メーカー開拓スキームを確立するほか、地域産品の商流開拓を行う。2016年に日本工芸株式会社を設立。現在は、SBI大学院大学MBA 事業計画演習講師、独)中⼩企業基盤整備機構 国際化⽀援アドバイザーとしても活動中。

●事業内容
日本の工芸品の流通販売を中心に事業を運営。職人の技・製法へのこだわり、歴史背景を理解したうえでの商品流通を通じて、日本の工芸品を愛する人を国内外に広げていくというビジョンを掲げている。セレクトした工芸品を取り扱うEC事業、海外販売事業、オンライン販売を中心とした販路拡大サポート事業を3本柱に展開。
オンラインショップ「日本工芸堂

起業家育成、新規事業開発、Amazonバイイングマネージャーを経て

一流人材と仕事をする中で身に付いた2つの「考える習慣」

――松澤さんは豊富なビジネス経験をお持ちですが、ご自身にとって大きな学びとなった経験を教えていただけますか?

20代の半ばから、大前研一さんをはじめ、超一流人材といわれる方々と仕事をさせていただいたことが大きいですね。彼らは、ちゃんと考えずに問いを投げても答えてくれません。そうした環境で仕事をしてきたことで、「考える」ということが習慣化されました。

考える習慣というのは2つあり、1つ目はファクトベースで考えるということ。たとえば、ある会社の社長さんが「私はこうやりたいんだ」と話されたときに、「100人のお客さんのうち、72人はこう言っていますよ」といった話ができれば、議論がちゃんとかみ合いますよね。こうした経験を重ねながら、事実ベースで考えるということが習慣化されました。

2つ目は、「お前は何にしろ3つに整理するのが好きだから、これからは何でも3つで言うといい」と言われたことです。この方法は今でも有効なツールになっていて、どんな案件でも必ず3つで考えるようにしています。たとえば、本当は言いたいことが2つしかないというときも、3つにしようと思うと、じっくり考え抜くようになります。

これが5個とか10個にしまうと相手が覚えられなかったり、要点が伝わらなくなったりするので、あまり良くないわけです。ちなみに2つだと二択になり、男性は二択を嫌がる傾向があるらしいので、やはり3つがベストだなと。何かをまとめるときにも、とりあえず3つの枠を作ってから書き出すというように習慣になっていますね。

――多くの一流人材と接してきた中で、成功している人に見られる共通点はありましたか?

10年後にも活躍している人を成功者とするなら、理念やビジョンをしっかり持っているという点が共通しているように思います。成功のパターンについては、これまでもいろいろ考えてきましたが、必殺技となるキーワードはなく、こういう人が成功するということは言い難いですね。

ただ、「まだ粘っているの?」といわれるくらいやり続けている人にしか、成功のチャンスは訪れないと思っています。粘り強さは、成功する人にある絶対要素かなと。

以前、ユニクロの柳井さんのお話を聞く機会があったのですが、彼は成功するための方法について質問されたときに「失敗しないことです」と答えたんですね。失敗から何かを学んでいれば、それは失敗していないことになると。もちろん、会社が潰れるほどの大きな失敗をしてはいけませんが、とても参考になりました。

日本の工芸品に特化したニッチビジネスを立ち上げた理由

引用:日本工芸堂オンラインショップ 山田硝子紹介ページより

「こんなに素敵なものがあるんだ」という純粋な驚き

――日本の工芸品に絞り込んでビジネスを展開しようと思った理由を教えていただけますか?

直接的なきっかけは、Amazonで仕事をしている中で多くの商材を見て回ったことですね。全国3000社ほどの方々にお会いしました。そうした中で、日本の工芸品というのは長きにわたって継続的に作られ、文化的にも残っているということを目の当たりにしたわけです。「こんなに素敵なものがあるんだ」ということに、純粋に驚きました。ですが、工芸品の市場自体は大きな時間軸でみると徐々にシュリンクしています。このままなくなってしまっていいのかと疑問を持ったことが、一番大きな理由です。

コロナ禍では多くのお店が潰れてしまう状況が起こりましたが、工芸品のメーカーさんは100年という単位で、これまで数々の危機を乗り越えて存在しているわけです。それは世の中に必要とされ続けてきたからであり、時代に合わせて発展を遂げてきたからです。そう考えると、時代に適合してきたものが残っているわけで、歴史や生存を象徴するような商品群なんです。

今後はECにしっかり取り組んでいかないといけない時代になっていますが、メーカーさんが対応していくのは難しいというのが実情です。そこで、その部分をブリッジするビジネスをしたいと考えました。この分野だったら自分のスキルも活かせるし、日本の工芸品が残っていくことに喜ぶ人がたくさんいます。今の世代で途絶えさせないための流れを作っていきたいと考え、事業を始めることにしました。

――松澤さんは実際に工房を巡ったり職人さんに会いに行ったりしていますが、そこにパワーを注ぐ理由を教えていただけますか?

合理的に考えても、絶対に行ったほうがいいからです。電話一本で済まそうとすると心証を損なってしまうこともある業界ですが、逆に直接出向くことで同業の方々に話が広がるなど良い波及効果があります。

それと、職人さんとの対話がとても面白いということも理由のひとつですね。じつは、職人さんにはファクトベースで考える方が多いんです。たとえば、「なぜ、ここの色が変わるのか」とか「ここのカーブ曲線は、なぜこれくらい必要なのか」といった私の質問に対して、とてもシャープな回答をしてくれる。職人さんは感性で仕事をしていると思われがちですが、感覚を説明できるだけの技術と知見を持っているというのが私の印象です。

私自身が本当に楽しい時間を過ごせているので、この経験を活かして、普段は会えないような工房や職人さんを訪ねることができる体験チケットの販売も始めました。また、ライブコマースで工房の方々と消費者をつなぐという取り組みも行っています。

ニッチビジネスの収益化をどう考えるのか

引用:日本工芸堂オンラインショップ 山田硝子紹介ページより

ファーストステップは、売上よりも認知度向上と信頼獲得

――ニッチビジネスにおける収益化という点で、どのような成功の構想を持っていましたか?

値段が高くても素敵なものを買いたいというニーズは一定以上あって、そこをブリッジしていけばチャンスがあると考えたのが、もともとの起案です。ニッチだから選んだわけではないですが、市場情報とのギャップが大きい点はビジネスチャンスになると考えていました。

設立して5期目になるのですが、最初の5年はメーカーさんの認知を高めるという一択でやっていこうと決めていました。売上よりも、まずは信頼を獲得することが重要と考えたからです。

良いものを扱っているという認知が広がれば、メーカー側から「売ってほしい」という話をいただけるようになります。今まさにその状態になりつつあって、良い関係を構築できていると思っています。AmazonやECでの販売方法といった相談も持ち掛けていただけるようになり、戦略設計の段階からコンサルティングを引き受けているところも増えています。

消費者に向けてはSEO対策を中心に行い、工芸品で調べると当社のサイトが出てくる状態を作ることに注力してきました。だいたい想定通りに進んでいるので、今後はもっとサイトの質を上げたり、リードナーチャリングできる仕組みを作ったり、売上が伸びる仕掛けに着手していこうと考えています。

――仕入れで工夫している点はありますか?

仕入れには2つのやり方があって、ひとつは在庫を仕入れて倉庫に保管しておくという方法。もうひとつはドロップシップといって、在庫を持たずに注文を受けて、卸会社さんが直接お客様に商品を発送するという方法です。このやり方はリスクがかなり軽減されるので、ECでは一般的になっています。

ですが、当社の場合、全部ではありませんが最初に仕入れをして在庫しています。というのは、メーカーさんからすると「本当にやる気があるのか」ということを注視しているから。ドロップシップだけをやっていると嫌がるメーカーさんもいることはAmazonにいたときに学んでいるので、起業後のファーストステップとしては在庫を抱える必要があると考えました。

ただ、一部の商品はドロップシップのスタイルをとっています。これは、百貨店の仕入れが厳しくなっていることもあり、売り先を探している卸会社さんからの要望が増えているためです。こうした産業事情も踏まえて展開しているのが工夫点かなと思います。

――仕入れ商品は、どのような基準で選定されているのでしょうか?

私自身が気に入ったものを在庫していますが、もちろんビジネスなので、売れると思うものを仕入れています。

今は、ネット上で見映えするというのは重要な要素だと思いますね。あとは、使うシーンをちゃんと提案できる商品かどうか。たとえばグラスであれば、お酒を楽しむシーンをちゃんと想起できるかといったことを考えます。現代のライフスタイルにフィットし、かつ、お客様が「こういう意味合いで購入した」ということを語れるような商品かという点をひとつの判断基準として持っています。

工芸品の場合、お客様や贈る相手の出身地など、ゆかりのあるものが選ばれることが多いんですね。記念品として選ばれるときも同じで、お客様はそこに何らかの意味を求めています。ですので、一つひとつの商品が持っているストーリーをしっかり伝えていく必要があるわけです。今後は、自分だけのオリジナルといったカスタマイズのニーズにも応えていきたいと構想中です。

――仕入れコストが発生しますが、資金繰りで工夫していることがあれば教えてください。

仕入れで、先にお金が出ていってしまうことは当初から覚悟していたことです。ただ、最初にWebサイト構築に費用がかかった以外、定常的に出ていくお金は多いわけではありません。基本的には短期契約の形で人件費を抑えていますし、オフィスにかかる費用もミニマムになるようにしています。工夫点を挙げるとするなら、そうしたコストコントロールのところでしょうか。

資金の手元流動性を保つという観点では、日本政策金融公庫から、創業時を含めて2回融資を受けています。キャッシュフローは回っていましたが、どんな状態になっても安定的に事業運営できることが重要ですし、攻めの戦略をとる場合にも手元流動性を高くしておけば安心できます。

今後のスモールビジネスの世界をこう見る

キーワードは「不易流行」と「外部人材活用」

――今後のニッチビジネスでは、どのような点が重要になると考えていますか?

流行を追いかけすぎるのは、あまり良くないかなと個人的には思っています。今、私が行っている事業のキーワードは「不易流行」という言葉に集約されます。不易は、時が経っても変わらない本質的なもの。流行は、時代を映すトレンドです。不易流行は、いつまでも変わらない本質的なものの中に、新たな変化を取り入れていくことで永続性を得るという考え方です。

そこから考えると、ベースとなる理念や伝統は継続しつつも、現代にアジャストする変化を遂げられるところが勝ち残るのではないかなと。伝統工芸品を扱って何百年もサバイブしている企業は、みんな不易流行なのではないかと思っています。ニッチ産業がここからどんなことを学べるかは、私の研究課題でもありますね。

――今後、スモールビジネスが勝ち抜くには、どのようなことが重要になると思いますか?

アメリカでは情熱を持った個人が経済を動かすというパッションエコノミーの考え方が注目されていますが、日本においても起業しやすい社会になってきていると思います。ECサイト構築でいうと、Shopifyのように初期費用やランニングコストをほとんどかけずに展開できるサービスが提供されていますし、SNSは基本的に0円です。すごく手軽にビジネスができるようになっているわけです。

そうした中で、今後は外部人材をどう活用できるかという点が重要な鍵になってくると思います。とくに流通販売事業はWebの露出やインターネットでモノを売るということを避けて通れないわけですが、技術がどんどん進化する中で、すべてをキャッチアップして自分でこなしていくのはほとんど不可能です。したがって、そうしたノウハウを持つ人材を集めるスキルを持たなければなりません。

以前は専門業者や広告代理店にお願いしないと形にできませんでしたが、今は副業やフリーランスで高いスキルを持っている方がたくさんいて、なおかつ費用も抑えやすくなっています。その反面、そうした人材プールの中から、自社にフィットする人を探し出して、しっかりオーダーできるかどうかという点が重要になってくるわけです。外部人材活用のスキルは、今後のスモールビジネスにとって欠かせないものになると思っています。

(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)

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出版社に18年勤務。編集長、メディア設計、営業統括、システム開発PMと畑違いの職務で管理職を経験。現在は数々のメディアで企画・編集・執筆を手掛ける。得意領域は実践も積んでいるメディア企画系、人事・マネジメント系、ビジネス系、医療・美容系。インタビュー経験は200件以上。Webライティング講師も務める。

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