日本のダイバーシティが向かうべきところを追い求めて(後編)
【連載コラム】エンジェル投資家が見ている世界

スタートアップや起業家を支援するエンジェル投資家。この連載では、インタビューを通じてエンジェル投資家の経験や視点、投資を判断するときの基準を様々な角度から伝えていきます。今回のインタビュイーは、ベストセラーとなった『五体不満足』(講談社)の著者として知られる乙武洋匡さん。「乙武義足プロジェクト」へのチャレンジマインドや海外放浪の旅で得た視点、福祉・教育分野への投資についてお話を伺いました。
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● インタビュイー
作家
乙武洋匡さん
●プロフィール
作家。1976年、東京都出身。早稲田大学在学中に出版した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員など歴任。2010年より「まちの保育園」経営に参画。2014年に地域密着のごみ拾いNPO「「グリーンバード新宿」を立ち上げ代表に就任。エンジェル投資家として、発達障害者と療養士などのメンターを結ぶ「Branch(ブランチ)」への投資をはじめ、福祉・教育分野での支援活動を行っている。著書最新作に「家族とは何か」「ふつうとは何か」を問いかける小説『ヒゲとナプキン』(小学館)がある。
●著書
『ヒゲとナプキン』(小学館)
『四肢奮迅』(講談社)
『ただいま、日本 世界一周、放浪の旅へ。37か国を回って見えたこと』(扶桑社)
『自分を愛する力』(講談社)
『だいじょうぶ3組』(講談社)
『オトことば。』(文藝春秋) ほか
福祉・教育分野での活動について

画一的な進め方はマイノリティにしわ寄せがいく
――現在は福祉・教育分野で幅広く活動されていますが、こうした活動を展開するうえでの原体験となっていることを教えていただけますか?
大きくは2つありまして、ひとつは自分自身の境遇です。身体障害者として生まれ育った中で、他の人が立っているスタートラインにたどり着くまでに、なんでこんなに苦労しなければならないのだろうという経験が多かったこと。その経験が血となり肉となってプラスに転じたこともたくさんありますが、それはあくまで周りの環境に恵まれてそう思えているだけです。本来なら、誰もが同じスタートラインに立てることが理想と思っています。
もうひとつは、2007年からの3年間、杉並区の公立小学校で教師を務めた経験ですね。23人の子供たちの担任をする中で、バックグラウンドは一人ひとり違うということをリアルに実感しました。
画一的に物事を進めていくのは確かに便利で合理的だけれども、一人ひとりを窮屈にさせてしまいます。どうしてもマイノリティにしわ寄せがいき、彼らは辛い思いをするわけです。この2つを身をもって経験したことが大きく影響しています。
――「まちの保育園」でも役員を務められていますが、一般的な保育園とはちょっと違ったコンセプトになっていますよね?
立ち上げ当時の日本の保育を見ると、育児に関わるのは家庭ではお母さん、保育士は若い女性というように、子供たちが接するほとんどが若年層の女性と属性が偏っていました。「まちの保育園」代表取締役の松本は、もっといろいろな属性の方と触れ合いながら育っていくほうが本当の意味で豊かな保育になるという理念を持っていて、私が目指すダイバーシティのあり方と一致することから、2010年の設立当初から一緒にやらせていただいています。
たとえば、最初に立ち上げた小竹向原の保育園にはカフェを併設しています。町の方々が自由に利用できるようにして、保育園と町のみなさんをつなげるという取り組みです。ここ数年は待機児童問題が大きく叫ばれていますが、保育園の数だけでなく、質も忘れてはいけません。子供たちにどんな保育を届けられるのかということを強く意識しながら運営しています。
――乙武さんは「分ける」というキーワードをいろいろな場面で使われていますが、保育園にもその考え方が取り入れられていますか?
保育園児に「これとこれを分けて考えなさい」という指導は難しいところがありますが、大人が考え方を押し付けるのではなく、子供たちが自ら考えて答えにたどり着けるように心がけています。
たとえば、子供たちが排水溝に砂を詰まらせてしまうことがありますよね。そうしたときに、「ここに砂を入れてはいけません」という指導ではなく、「ここに砂がいっぱいあって水が流れなくなって、先生たちが困っているんだけれど、どうしたらいいかな?」という風に声をかけます。
すると、子供たち自身が「先生たちが困らないようにするには、ここに砂を入れなければいいんだ!」という答えにたどりつくわけです。こうしたやり方は時間がかかるし、待つことが必要になります。ですが、どちらがより思考力や想像力を養うことができる保育かといったら、やはり後者ですよね。こうした一つひとつのことを強く意識して運営していますね。
エンジェル投資家として

投資家として儲かる絵は1ミリも見えていない
――現在はエンジェル投資家として、障害児とその保護者に向けたサービス「Branch」を提供するWOODYを支援されていますが、投資を決めた理由を教えていただけますか?
多くの件数を手掛けているわけではないのでエンジェル投資家と名乗るのはおこがましいのですが、何を基準に絞り込んでいるかというと、私が目指すダイバーシティと方向性が合致していることです。
一人ひとりの違いというものが制限につながるのではなく、価値になっていく世の中を私は望んでいるので、そうした社会の実現をビジネスの分野からやってくれそうだという方を支援させていただいています。判断基準としては、当事者性やその方が歩んできた道を見させていただくことが多いですね。
ただ、投資家としてしっかりリターンを出すことを指標にするなら、エンジェル投資家として成功する絵はまったく見えていないです。
――金銭的なリターンではなく、「思い」に協力したいということですか?
投資ではなく、ほぼ応援ですね。もっというと、「そういう社会を実現したいよね」という志を共有している仲間だと思っているので、逆にいえば、そう思えない方には投資はできないなと。ですので、私自身は投資家なのかどうかも微妙だと思っている(笑)。
いろいろなところから投資のお話をいただく中では、これは成功するだろうなと思われる案件もあるのですが、本当にお金儲けが下手で断っています。「私じゃなくてもいいよね」と思ってしまうので。
エンジェルとして投資したいのは「多様性の実現」という思いを共有できる方になるのですが、そうすると、なかなか儲からない会社が多くなってくるのも実際のところなんですね。このスタンスで続けていくと、私の資金が減っていくだけで継続できなくなってしまうので、今後どうするかは悩みどころだなと。リターンを得られるような案件にも投資をしてベースを確保しつつ、応援したいところにしっかりお金を入れていくというように、バランスをとることも考えなくてはならないと思っています。
――福祉・教育分野のビジネスでは、お金儲けをしてはいけないといった風潮がありますよね。
私がエンジェル投資家として儲かる絵は1ミリも見えていませんが、福祉・教育分野のビジネスで儲けることはNGといった風潮は壊してしまいたいと思っています。慈善事業は長く続けられないですから。
私が経営に参画している「まちの保育園」も、社長の経営能力が高いことで潰れずに10年が経っています。もし理念だけが先行して儲けを度外視する経営をしていたなら、次の世代に質の高い保育を提供できなかったわけですから、けっして福祉・教育分野のビジネスが儲けてはいけないということではありません。
スモールビジネスの場合も、福祉・教育分野で大きく儲けてはいけないといった風潮に負けずに、ビジネスを少しずつ大きくしながら、サービスを受けられる人をどんどん増やしていただけたら嬉しいなと思います。
起業がスタンダードな選択肢になる世界へ
――今後のスモールビジネスにおいて、どんなことに期待されていますか?
私はダイバーシティをテーマに活動しているので、日本の働き方においてもっともっと多様性が広がってほしいなと思っています。これまでは卒業したら企業に就職するというのがスーパースタンダードだったわけですが、この5年、10年の間で若い起業家が増えています。こうした動きがもっとカジュアルになったらいいなと。
ただ、チャレンジにはリスクがつきまとうので、あわせて周知されることが大事です。起業した先輩たちの知見がしっかり共有されて、楽しさは何なのか、リスクは何なのか、そういったプラスマイナスの両方が共有されることで、みんなの選択肢が広がっていくのだと思います。スモールビジネスを立ち上げることがもっとカジュアルになって、身近な選択肢になっていくのがいいですね。
前編はこちらからどうぞ
(インタビュー:土井 啓夢(編集部) 文:社 美樹)