2022年5月31日 コラム

困っている人がお金をもらえる。P2P互助で従来の保険ではできなかった仕組みを提供

【連載コラム】スモールビジネスの革新的戦略論


特定のニーズやジャンルに深く入り込み、市場優位性を獲得するスモールビジネス。この連載では、ユニークな事業アイデアを具現化し、独自のポジションを築いているスモールビジネス経営者へのインタビューを通じて、ビジネスの構想や収益化についてのリアルな情報をお届けします。

今回は、日本初となるP2P互助プラットフォームを提供・運営するFrich株式会社 代表取締役の富永源太郎さんにお話を伺いました。


インタビュイー:
Frich株式会社
代表取締役 富永源太郎さん

●プロフィール
慶應義塾大学経済学部卒。横浜市の観光事業に従事した後、全日本空輸株式会社にてマイレージやカードビジネスを担当。その後、全日空商事株式会社で非航空領域における新規事業の開発に5年間従事。2018年1月に日本初となるP2P互助プラットフォームの提供・運営を行うFrich(フリッチ)株式会社を設立し、代表取締役に就任。

●事業内容
P2P互助プラットフォームの提供・運営および損害保険代理店・生命保険の募集。保険ではない次世代型セーフティネットとして、「知り合い同士でお金を出し合っておき、いざというときに備える」相互扶助のスキームを提供。企業が独自に保障を作ることができる共済のソリューションも展開している。
Frichサービスサイト

・ 2018年:Plug and Play Japan Batch1 Insurtech部門採択
・ 2020年:東京金融賞 金融イノベーション部門第1位
・ 2020年:日本政府規制のサンドボックス制度採択 (日本初特例措置つき)
ほか多数のプロジェクト採択やアワード受賞の実績がある。

起業のきっかけ

自分がやるべきと信じることをやろうと思い、起業を決意

――富永さんのこれまでのキャリアと起業を決意した背景を教えてください。

もともと横浜市の観光事業の仕事をしていましたが、縁があって全日空商事に呼んでいただきました。そこで、マイレージやカードビジネスといった非航空領域の事業企画や、新規事業の立ち上げをどっぷりやりました。

具体的にはLCCのPeachが立ち上がるときの機内メディアを作ったり、サブスク事業を作ったり、ふるさと納税のポータルサイト責任者などです。事業の立ち上げから成長するまでを担当してきました。

経験値も増えてきた40代になるときに、会社側からは経営の根幹に関わる部門へのキャリアパスを提示されたのですが、今までやったことのない世界で自分を試してみたいという思いや、いろいろな出会いがあって起業を決意したという流れです。

――これまでの仕事とは全く異なるP2P保険の領域で起業しようと決めた理由を教えていただけますか?

ふるさと納税のポータルサイトを作るときに全国各地を飛び回っていて、そのときに福島県の仮設住宅を見たことがきっかけになりました。2015年のことですが、東日本大震災から4年が過ぎても仮設住宅に住んでいる人がいることに驚いたし、そこに「仮設住宅はここです」という標識ができていることにも驚きました。

標識が作られたということは、仮設ではなく、しばらく住んでもらう前提があるということですよね。震災から時間が経って、被災者へのサポートや配慮が薄れていってしまうのはとても淋しい気がして、自分にできることは何だろうと考えるようになりました。

そのときに、たまたまP2P保険というコンセプトに出会いました。これまでクレジットカードの付帯として海外旅行保険の決済に携わったことはあるものの、保険ビジネスにさほど明るかったわけではありません。難しい分野だけれど、やれることをやるのではなく、自分がやるべきだと信じることをやろうと思い、未知の世界ではありましたが、この分野での起業を選びました。

事業内容について

時代とともに生まれる新しいリスクに対して素早く保障を作れる

――事業内容を説明していただけますか?

先ほどの仮設住宅の話にもつながりますが、保険や公的サービスから漏れてしまうような人たちに、支え合いのセーフティネットを提供していくという事業です。

保険というビジネスの大きな課題として、逆選択の回避というものがあります。逆選択とは、保険事故が発生するリスクが高い人ほど保険に加入しようとすることです。保険会社はリスクを平均化しなければ商いが成り立たなくなるため、リスクが低い人を集めたり、保険料を高くしたりしなければなりません。要するに保険会社の仕組み上、保険金を支払う確率が高い人に対しては、保険を提供しにくいというジレンマがあるわけです。

そこで、「いま困っている人がお金を受け取れる仕組みとは何か」というところから発想して、みんなで出し合ったお金で支え合うところから始めるべきと考えました。ですので、弊社は保険会社を作るという選択をせずに、P2P互助プラットフォームという立ち位置を選びました。お客様はプラットフォームを利用してお金を出し合い、自分たちのための保障を作っていくことができるというサービスです。

――P2P互助の仕組みについて、具体的に教えていただけますか?

お金を出し合うグループを弊社のプラットフォームに登録していただき、クレジットカードで月々の掛け金を支払うのが基本の流れです。グループの中でアクシデントに遭った人がいたら、お金やサービスが給付されるという仕組みになっています。たとえば、ママさんたちでグループを作って、被災時にホテルを避難所として使える保障を作っておくといったことができます。

本来であれば、特定の幹事役にお金がプールされる形を取るのですが、そうすると拐帯リスクが出てきてしまうので、そのお金は保険会社に再保険料として支払う形をとっています。また、集めたお金を超える損害が発生した場合も、再保険として保険会社に引き受けてもらうことで、困っている人が十分に補償を受けられる仕組みを実現しています。

保険会社にはできない、様々な保障を作るためのベースとなるコンセプトを提供している形ですね。

Frichのサービスページで募集しているサポート一例

――寄り合って助け合う仕組みは日本では昔からあったと思うのですが、P2P互助のどんな点に可能性を感じていますか?

海外ではフィンテックが一つの山を越え、次に伸びるのはインシュアテック(保険×テクノロジー)といわれていて、実際に事例も増えています。その中の一つがP2P保険ですが、日本ではこれに近い仕組みが昔からありました。農協や漁協、生協、町内会などがその例で、日本は助け合いの仕組みが元々たくさんある国なんです。

ただ、時代とともに新しいリスクがどんどん生まれていて、今は既存のグルーピングではカバーできない特殊なコミュニティがいろいろ出てきています。たとえば、弊社が提供しているペットに関する保障もその一つです。

弊社のP2P互助は、保険会社にはできない少人数のリスクや予測しにくいリスクもカバーできるのが特長です。新しいコミュニティや新しいリスクに対し、その人たちが必要とする保障を素早く作っていくことができるし、それを社会に実装していこうと思っています。

――海外では事例が増えているものの、日本ではP2P保険はまだまだ馴染みがない領域ですよね。事業展開において、どんなハードルがありますか?

まず難しいのが、仕組みを理解してもらうことですね。弊社の事業は保険業法の中でも極めて特別なケースとなるのですが、法律的な話をしだすと保険業界の人でも理解しづらいことが多いです。なので、保険会社とコラボレーションするときや、資金調達の際に投資家さんに理解してもらうための説明コストがかかってしまうという課題があります。

もう一つは、様々な法律を整理しながら進めなくてはならないことです。ちゃんと世の中に根付く仕組みを作ろうと思うと、保険業法だけでなく、たとえば資金決済法など周辺の法律も一つひとつ確認する必要があり、ここにリソースがかかります。

最後のハードルは、大企業との事業検討スピードです。いま言ったような課題があるため、一つの案件を結実させるまでの検討期間に2年くらいかかるのが普通で、そうすると弊社のようなベンチャーのスピード感とどうしても合わないわけです。

再保険の引き受けに関しては、P2P保険の事例が進んでいる海外の保険会社とのコラボレーションを実現しました。ただ、本来は日本の中で仕組み化されるのが理想的と思っているので、今後の課題と捉えています。弊社の努力だけでは変えられない部分も大きいので、インシュアテックのベンチャーがもう少し増えて市場ができてくると、変わっていくのかなと思っています。

収益化と資金繰りについて

2021年12月1日から加入受付を開始した、万一の時に保護猫を引き取る仕組み「ねこふく」

困っている人を手厚くサポートできる純粋な相互扶助の世界を実現するために

――収益化においては、どのような構想を描かれていたのでしょうか?

基本となるのは掛け金の20%を頂戴するというビジネスモデルで、加入者が増えるほどに成長していくというスキームです。ただ、個人のいろいろなニーズを細かく拾っていきたいという思いでスタートしているものの、加入者を集めるのは簡単ではないというのが実際のところです。試しにネットを使って集客してみましたが、CPA(顧客獲得単価)が全く合いませんでした。

そこで、まずは顧客を持っている企業とのコラボレーションを増やし、徐々に個人に広げていくロードマップに書き換えました。立ち上がり期の足場を固めるという意味でも、企業との連携を増やしていく必要があると考え、いま重点的に取り組んでいるのが企業向けのソリューションです。

「自社顧客に向けて保険を提供したいけれど、どうすればいいのかわからない」というニーズは意外に多く、弊社では企業単位で新たな保険を作りたいという要望に対して様々な提案をしています。

たとえば、ブルーワーカーに対してはケガに対する補償を厚くして、ホワイトワーカーには腰痛やうつ病に対応するといったカスタマイズも同じニーズをもつ従業員グループ単位でどんどんやれます。これを通常の保険で実現しようと思うと企業単位で新たな保険を創るのは保険会社のビジネスベースに乗らないことが多いのですが、弊社では企画から実装まで50~1,000万円くらいの費用感でできます。

企業側としては、この方法でニーズをつかんだ後に保険会社を作って再保険の引き受けをやるなど、選択の幅が広がるというメリットもあります。

最初は「何でも作れますよ」というのが弊社の強みだと思っていたのですが、逆に「何ができるのかわからない」となってしまった反省点があります。そこで今は、ペット関連・防災関連など特定の分野に絞り込んで、具体的にイメージできる形を作って提案するという展開にしています。

――実際に企業とコラボレーションした例を紹介していただけますか?

2022年3月に、ベビーカーを提供されているコンビ株式会社様と提携した「ペットカート共済」をリリースしました。ワンちゃんをペットカートに載せてお出かけすることが日常的になっている中で、アクシデントがあったときの保障を作りたいという相談を受けて、オーダーメイドで作りました。

相談を受けてからリリースまで、3か月かからないくらいのスピード感で実現しています。周辺的な補償を含めて、いろいろな広がりを持たせることができるのですが、こうした保険では取り扱っていないようなメニューは弊社が得意とするところです。

このほかにも、防災の領域で某ホテルさまとのタイアップを検討中です。災害時にホテルの空き部屋を避難所として使えるという保障で、高齢者や乳幼児を抱えたお母さん、プライバシーが気になる若い女性、ペットと一緒に避難したい方などのニーズに応えていきます。また、家の半壊などで避難生活が長期化した場合に、生活再建に向けてホテルに長期間泊まれるようにする保障も検討中です。

企業側のイニシャルコストはケースバイケースですが、弊社が作っている保障をそのまま使いたいという場合は数十万円から、しっかり作り込む場合は1000万円程度をいただいています。

ペットカート使用者は増加傾向にあるが、使用者の約3分の1の方がヒヤリ体験している

――貴社が目指しているP2P互助の仕組みを日本の社会に実装する上で、今後どのようなことに取り組む必要があると考えていますか?

これまで保険会社対加入者だった構造を、弊社は個人間のものにパラダイムシフトしました。ですが、今はグループの幹事役がグループのことを決めるという1対多数の立て付けになっています。これは法律的に保険者としてグループの代表が立たないといけない制約があるからですが、最終的にはDAO的(自律分散型)な完全にフルフラットの形にしていきたい。

とはいえ、純粋な相互扶助の世界を実現するにはどうすればいいのか、誰も答えを持っていないのが現状です。クリアしなければならないハードルは高いですが、ゼロから作っていこうと思っています。

仕組みにおいてはスマート・コントラクト(契約の自動化)を入れて、域内に流通する通貨も円ベースではなく、デジタル化していこうと考えています。そうするとプラットフォームの運営コストがグッと下がるので、翻って保険料を安くできたり、お客様に支払う保険金を手厚くできたりといったことが可能になります。最終的には、そうした世界を実現したいですね。

――資金繰りで苦慮する場面や工夫していることを教えてください。

保険業界では、保険会社を作ってから安定運営ができるようになるまで10年はかかるといわれています。海外のインシュアテックの例を見ても、顧客獲得にはかなりの時間がかかっています。そうなると、ベンチャーとしては市場を形成するまで我慢比べになり、常に資金繰りの問題がついてまわることになるので、資金はいつでも欲しいです(笑)。幸いなことに、弊社では投資家の皆様がサポートしてくれているので助かっています。

ファイナンスのコントロール面で強く意識しているのは、社会的信頼度が高い株主様に参画していただくことです。弊社の事業はお客様の“万が一のとき”を預かるプラットフォームなので、誠実に運営していることを伝えていく上で大切だと思っています。

もう一つは、事業連携がしっかりできる事業会社様に株主として入っていただきたいということですね。弊社の事業に共感していただき、一緒に歩める仲間であることが重要だと考えています。

今後のスモールビジネスの世界をこう見る

既存の経済原理ではないところで人が動き出している

――今後、スモールビジネスが生き残るには、どのようなことが重要になると思いますか?

既存の経済原理ではないところで人が動き出している、ということをすごく感じています。たとえば、お客様に徹底的に尽くすので利益は出ないけれど、客足が途絶えない繁盛店がありますよね。こうしたお店は、利益よりもお客様に満足してもらうことに喜びや贅沢を感じているわけです。

従来は、規模を拡大して利益率を極限まで高めて株主に還元するというのがスタンダードでしたが、早晩、この考え方は修正されていくのではないかなと思っています。

スモールビジネスはまさにこの最先端を走っていて、とくに衣食住やインフラなど生活の根幹に資する企業は、これまで以上に市場から大きな評価をされるだろうし、改革が進んでいくと思っています。弊社もその中の一つとして、地域や集団特性にピンポイントで合わせられる、いざというときのセーフティネットというインフラを提供していきたいと考えています。

スモールビジネスが生き残る上では、利益と公益、あるいは利益とソーシャルのバランスが重要になってくると思います。社会的な意義やお客様への奉仕を利益と同じくらいの水準まで引き上げて考えないと、社会から支持される企業になりません。株主さえ見ていればOKという考え方は徐々になくなり、従業員や取引先を含めて、いかに存在価値を提供していけるかが重要になると思います。

(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)



社 美樹
社 美樹

出版社に18年勤務。編集長、メディア設計、営業統括、システム開発PMと畑違いの職務で管理職を経験。現在は数々のメディアで企画・編集・執筆を手掛ける。得意領域は実践も積んでいるメディア企画系、人事・マネジメント系、ビジネス系、医療・美容系。インタビュー経験は200件以上。Webライティング講師も務める。

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