ビジネスリサーチのプロフリーランスチームによる高度なアウトプットを実現
【連載コラム】女性起業家の経営とファイナンス

女性ならではの視点を活かして、社会に新たな価値を提供している女性起業家。この連載では、女性起業家の経営ストーリーをインタビュー形式でお届けしていきます。
今回は、市場調査を行う株式会社グローバル・カルテット代表取締役 城みのりさんにお話を伺いました。事業戦略に役立つ市場調査を高度なリサーチスキルを持つフリーランスチームに依頼できる仕組みを構築し、企業とフリーランスの双方に多くのメリットをもたらしています。
●インタビュイー:
株式会社グローバル・カルテット
代表取締役 城 みのりさん
●プロフィール
コンサルティングファームで業務支援に従事したのち、メディカル・ヘルスケア専門のマーケティングリサーチ会社のリサーチ職として定量・定性調査を行う。2016年に退職後、フリーランスとしてリサーチ業務を受託、2018年3月にグローバル・カルテットを設立。
医療関連調査や健康経営、ヘルステックなどの新規事業、ヘルスケアトレンドの調査を中心に行う。世界各地のリサーチャーをけん引するクオリティコントローラーとして活動中。
起業のきっかけ

自分にどんな価値があるのか。フリーランスからスタート
――起業された背景を教えていただけますか?
最初はコンサルティングファームに勤務し、その後、マーケティングリサーチ会社に転職という経歴で、一貫してヘルスケアのリサーチャーをやってきました。リサーチ会社に勤めていたときに出産・育児で休職したのですが、復職後は体力的にも精神的にも本当につらくなったんですね。
会社自体はとても良い環境で体力が許せば辞める必要はなかったのですが、子育てとの両立の苦しさもあったし、何しろ、いつも走っているという状態で。「いつご飯食べたんだっけ?」みたいな生活が続き、このままだと本当に死んじゃうかもしれないという危機感を抱き、とりあえず会社を辞めなければと思ったんです。
辞める準備をしている4か月間に、自分にはどんな価値があるのかを知りたくて、フリーランスのマッチングプラットフォームに登録して副業を始めました。体力とメンタル面に大きな影響がない仕事がいいなと考え、自分にとって苦痛ではない分析や資料作成をやってみたのですが、始めてみたら意外にニーズがあることがわかりました。
クライアントさんから「資料をありがとうございました」と言われることが増えて、会社では言われないような感謝の言葉を副業でいただいているうちに、自己肯定感が上がっていくのを感じました。
会社を辞めた後、「ついに辞めたらしい」と噂を聞きつけた企業から仕事の依頼をいただいたりして、結果として、気付けばフリーランスとして十分やっていけるくらいの仕事が入ってくるようになっていました。1年半くらいフリーランスとして活動し、その後、2018年3月にグローバル・カルテットを立ち上げたという経緯です。
――フリーランスとして活動した後に法人化されていますが、そこにはどんな理由があったのでしょうか?
仕事の依頼がどんどん増えて、同じフリーランスとして働いている優秀な方々に割り振っているうちに、法人化したほうがやりやすいと感じたためです。
というのも、大手企業から見積もりの依頼があって提出したことがあるのですが、その後、音沙汰がなくてあきらめていたところ、3か月後に「稟議が通りました」と連絡をもらいました。さすがに3か月も経ってしまうと、当初考えていたリソースを確保できるかどうかもわからないですよね。
フリーランスへの依頼だと上長を説得するために時間がかかるとはいわれていたものの、これでは大手企業ほどスムーズに仕事をいただくのは難しいなと。周囲のフリーランスに聞いてみたら、やはり同じようなことが起きていて、これは法人にしたほうがいいなという考えに至りました。
ですので、独立起業しようと考えて始めたわけではなく、流れのままにやっていたら会社を立ち上げることになった、というのが実情です。
事業内容について

全員が元リサーチャーやコンサルタントのプロフェッショナル集団
――事業内容を具体的に教えていただけますか?
ビジネス戦略に役立つ市場調査を行っています。身近なものではいわゆるデスクトップリサーチという統計データ等をはじめとした二次情報の収集や、定量調査のアンケート調査が非常に多いです。その他にも定性調査のヒアリング調査もやりますし、社内に蓄積されているアセットを有効活用するための調査設計から分析などもやります。社内データは、いわば宝の山。これを使って何ができるのかという、データサイエンティストの領域に近い案件も受けています。
これらの仕事の全てを私一人でできるわけではないので、それぞれに高いスキルを持つフリーランスがチーム体制で取り組むのが当社の特徴であり、強みです。全員がリサーチャーやコンサルタント、新規事業開発、経営企画などを経験しているフリーランスで、ハイレベルなリサーチができる人材が世界各地にいます。
――全員がフリーランスのチーム体制ということですが、社員では出せないバリューがあるのでしょうか?
社員の場合は基本的に一人の上司のもとで働くので、その上司のやり方や判断でしか仕事ができないですよね。当社の場合は、プロジェクトのボスであるPjM(プロジェクトマネージャー)と合わなければ次回以降は別のPjMと組むこともできるので、そうしたデメリットは生まれません。
私は自分の領域じゃない仕事は手放しちゃうので、できる人をPjMに立てるというやり方をとっています。フリーランスのメンバーから「城さんのやり方が絶対だと思っていたけれど、○○さんと組んでみて、違うやり方や考え方もあってどちらもいいと気づけた」と言われたことがあります。
フリーランスはスキルアップするのが難しいという側面がありますが、当社ではいろいろな人とチームを組むので、いろいろな知識・やり方を吸収できるというメリットがあると思います。
――グローバル・カルテットを立ち上げた理由や思いを教えていただけますか?
働く場所や時間にとらわれないフリーランスの視点から仕事のしやすさを考えての法人化なので、ビジョンが先にありました。「世界のどこにいても働き続けられるカタチ」を作りたいという思いのもと、世界のどこにいてもパソコンひとつで仕事ができる完全リモートワークを仕組み化しました。
リサーチメンバーからは「すごくいい働き方ができる」と言われたのですが、「そういえば、クライアントに対する価値って何だろう?」と思い至りまして、後追いで考えました(笑)。
高い専門性を持つフリーランスがチーム体制で対応するということは、複数のスキルを活用できることになるので、結果としてクライアントのためにもなっているわけです。後付けで「一人のフリーランスより複数名の専門性」というミッションを作ったのですが、これが今もしっくりきています。
――実際にどんな企業が利用しているのでしょうか?
私のバックグラウンドがもともとヘルスケア領域のリサーチだったこともあり、製薬会社や医療機器メーカー、ヘルステック分野の企業が多くなっていますが、ここ数年ではコア事業が全く異業種の企業からも、新規事業でヘルスケア参入検討段階からご相談いただいてます。その結果、コア事業の調査案件が発生したりすることも多くなり、メンバーのバックグラウンドが生かせている状況です。
あとは、コンサルティングファームのヘルスケア部門やプロジェクトチームからの依頼もあります。コンサルティングファームには手や頭を動かせる優秀な若手人材はたくさんいるものの、調査の全体感を把握して指示を出せる人が不足しているという課題があり、当社に依頼してくれています。
企業とリサーチャーを結ぶナレッジシェアプラットフォームをリリース
――新規事業として「ProSession(プロセッション)」をリリースされていますが、こちらはどのようなサービスでしょうか?
「ProSession」はビジネスリサーチのナレッジシェアプラットフォームで、企業が調査に関する質問をプロのリサーチャーやコンサルタントに、テキストベースで“気軽に”質問できるというサービスです。第6期(2021年)の東京都の女性ベンチャー成長促進事業「APT Women」と、まだアイデア段階だった2020年にリコーアクセラレータープログラム「TRIBUS 2020」にも採択されています。
たとえば、「仮説をこう立ててみたが、どう思うか」「そもそもこの考え方、やり方でいいのか」など要件定義ができていない、ふわふわした状態はもちろんですが、「調査の初心者で全く何から考えたらよいのかわかりません」などでもウェルカムです。
ProSessionは、私たちリサーチャーやコンサルタントと一緒に、頭の中を整理したいというリサーチの初期段階から相談できるのが特徴です。利用者は、企業内で日常的にリサーチ業務にあたるジュニアレベルの担当者はもちろん、マーケティングや商品開発、営業企画などに異動したばかりの調査初心者の方まで様々です。要件定義力が上がりますし、ふわふわした段階のものをプロの知見を活用しながら、壁打ちを繰り返すことで具現化できるというメリットがあります。
一方のフリーランス側からすると、マッチングしてくれるエージェントはあるものの、調査案件はほとんど表には出ません。その上、わかりやすいキラキラな経歴や実績がない限り、まずはエージェントに自分を売り込まないとなかなか狙いたい案件に推してもらえないという課題がありました。だったら、直接企業の相談を受けて自分の意思で適切なコミュニケーションを繰り返して、結果的に案件化まで繋げられるサービスを作ればいいと考えたんです。
β版を2021年10月にリリースしまして、完全無料で提供しています。じつは、課金モデルはまだ確定していません。利用状況や顧客の声を聞きながら、決めていこうと思っています。
――ProSessionを立ち上げた理由を教えてください。
リサーチの受託事業をしている中で、「なぜこの段階で発注?」という変なタイミングで発注がくることが多かったんですね。調査企画ができて、調査票もある程度決まって、そこから先をお願いしたいという感じで依頼されるのですが、中身を見ると、調査企画に全く沿っていない設計になっていたり、企画そのものが「知りたいこと」から乖離している状態にあったりと、最初から一緒にやり直さないといけないことがとても多かったんです。
なぜこうした発注になるのか聞いてみたら、みなさん、調査の依頼では調査企画を立てるところまでは自分たちでやって、そこから外注するものと思っていたと答えるんです。これはまずいなと思って「一から依頼していいんですよ」と話したら、「でも、ものすごい金額になるのでは?」と心配されているわけです。
確かにリサーチは案件によって金額が大きく変わるものではありますが、当社はフリーランスのチームなので、そこまで大きな固定費は掛かっていません。つまり、同じようなクオリティやボリュームでも目が飛び出るような大きな金額をいただく必要がないので、見積もりを出すとクライアントさんに感動されたりします。
この経験から、リサーチについてはもちろんですが、調査でもフリーランスの活用をもっと理解してもらう場が必要と感じたのと、中途半端に固まった状態で依頼されるリサーチャー側の悩みも解決したいという思いでProSessionを立ち上げました。
相談に乗ってくれたリサーチャーやコンサルタントには、そのまま自由に業務委託として発注していただくこともできるので、プロ側の交渉力や価値も上がっていきます。上流工程ができる優秀なフリーランス、つまり個人がもっと社会的に認知されて、もっと自由に活躍してほしいというのが、私の一番の願いですね。
収益化と資金繰りについて
事務手続きを減らす方法を考えたら、結果として収入が安定した
――収益化の観点で、思い描いていた成功の構図はありますか?
フリーランスのときも法人化してからも、成り行きゆえ、収益については当初まったく考えていませんでした(笑)。私はバックオフィス業務が本当に苦手で、毎月見積書を出すといった事務作業がとにかくつらかったんです。だったら、月額制のサブスクリプションモデルにしたら私も先方様も楽になるかなと考えて、クライアントに聞いてみたところ、「それはいいね」と言ってもらえたので何社かに導入していただきました。
収益性というよりも、事務手続きを減らす方法を考えてのことですが、結果として固定売上が入ってくる仕組みになりました。ちなみに、受発注に関しては「freeeスマート受発注」を使うようになってから、本当に楽になりました。これを発見するまでは苦行だったので、私を公式アンバサダーにしてほしいくらいです(笑)。
――プロジェクトの大きさによってもフリーランスへの報酬は変わると思いますが、どのように決めているのでしょうか?
クライアントには目安の工数をお伝えしているので、この工数と受注単価を組み合わせてフリーランスにオファーする形をとっています。ですので、リサーチャーの稼働が増えて、プロジェクト単価が上がってしまうということはありません。ただ、クライアント側の都合で要件が増えたりするケースもゼロではないので、そうした場合には私が調整しています。
――資金調達では、どのような方法を取られたのでしょうか?
開業にあたっての資金調達はしていません。最近になって、新規事業の開発費用として日本政策金融公庫に借入を申し込みました。
資金調達するのは初めてで、副業している方にお願いして事業計画書を作ってもらいました。申し込みをしたところ、公庫から「この決算書の内容だったらもう少し大きな額でも大丈夫そうです」といわれたのですが、事業計画書を作り直すのかと思うと面倒だったので「いえいえ今回はこのとおりでいいです」と丁重にお断りしました(笑)。
VC(ベンチャーキャピタル)からの調達も考えましたが、いろいろな人に相談したら、私の性格からいって今の時点で投資家さんに縛られるのは絶対無理だよといわれて立ち止まりました。
――資金繰り面で苦慮する場面はありますか?
受託事業では、資金繰りに困ることはほぼなかったですね。ただ、「これから開発費が掛かってくることが明らかであるにもかかわらず、こんなに税金納めないといけないのか……」と落ち込んだことはあります。新規事業の開発費がかさむ中で、キャッシュはあると思っていたのに、税金を支払うと想像以上に残らなくて愕然としました。
失敗したなと思っているのは、創業当初に日本政策金融公庫の創業融資を受けておけばよかったと、期限が過ぎてから気づいたこと。手元にキャッシュがあれば、もっとできることはあったし、節税対策もできたはずなので資金繰り面では反省が残ります。
今後のスモールビジネスの世界をこう見る

生き残れる企業になるにはファイナンスの知識が必須
――今後のスモールビジネスで生き残る企業、消えてしまう企業の分岐点はどこにあると思いますか?
女性は堅実な方が多い反面、教えられたことに素直に従ってしまう傾向もあると思っています。たとえば、「スタートアップの資金調達」として短い時間の中で一部を学ぶと、それに倣ってしまうケースが多いように思うんです。自分でしっかり考えて判断できるようにするには、ファイナンスの知識は広く必須だと思います。
私自身でいうと、これまでの経験から、目指す未来が明確にあって資金を借りられるタイミングなら先ずは借りたり、補助金等を最大限利用したほうがいいし、逆に自分が目指していないことのためにVCから調達する必要はないというところに行き着きました。資本政策はどの企業にとっても大事なことで、生き残れるかどうかを左右するものです。残念ながら私はまだそのあたりは非常に弱いので、得意な人に助けてもらってます。
――これからの女性起業家に必要なことは何だと思いますか?
自分が何をコアとしてやりたいのか、何を目指しているのかというところから逆算する思考力でしょうか。すごく遠いゴールに向けて走ると成果が見えにくくて不安になるし息切れもするので、マイルストンを置くことが大事だと思います。
私はゴールもマイルストンも設定せずに初めの数年を過ごしてしまったせいで、創業時にお金を借りておけばよかったという反省があります。もう一度やり直せるなら、計画性を持ってお金を借りたいと思っています(笑)。そういう意味では、身近なお金のプロである税理士や会計士選びも大事です。
――城さんが今後挑戦したいことを教えてください。
失われた30年といわれていますが、これは日本人特有の真面目さも起因していると思っています。働き方改革が声高に叫ばれて早数年経っている今でも、残業が発生しているくらいですから。
本当に時間を使わなくてはいけないところをもっとちゃんと考えないと、日本の経済は世界からますます遅れをとると思うんです。従来にとらわれて、こだわらなくていいようなところに割いている無駄な時間は潔く削って、外部の人の力を使ってでもスピードと質を上げられるようにすることが大事。そういう思いで今の仕組みを作ったので、新しく世に出てきたものを信じてどんどん活用してほしいなと思いますね。
私のいる業界の「リサーチャー」や「コンサルタント」という呼称自体が、そもそもハードルが高い印象を与えてしまっているという課題感もあります。もっと近い存在として認識されるように啓発していくことも必要だと思っています。気軽に活用してもらえるようになれば、企業としてもアウトプットの質やスピードが上がりますし、社員のスキルアップにつながります。事業を通じて、そういう世界を目指していきたいです。
(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)