“似合う”を起点に人と物をつなぎ、ワクワクする買い物体験を創出
【連載コラム】女性起業家の経営とファイナンス

女性ならではの感性や視点を活かした事業展開で、次々にイノベーションを創出している女性起業家。この連載では、女性起業家の経営ストーリーをインタビュー形式でお届けします。
今回は、newR株式会社 代表取締役社長の中川かおりさんにお話を伺いました。独自のデザイン理論でお客様に“似合う”を提案する親子ワンピースの製造・販売からスタートし、現在はパーソナル分析、販売員研修、商品企画も手掛け、アパレル業界の「当たり前」を塗り替える事業を展開しています。
●インタビュイー:
newR株式会社
代表取締役社長 中川かおりさん
●プロフィール
島根県出雲市⽣まれ。大手IT企業在籍中、「似合う物を大切に長く着ること」がアパレル産業の課題解決に繋がると考え、45歳でnewR起業。一人ひとりの「似合う」をロジカルに解析する「newRパーソナル分析」を独自開発し、サステナブルファッションの実現を目指す。
起業のきっかけ

服は着るだけではなく、親子の絆を生むパワーを持っている
――起業に至った経緯を教えていただけますか?
もともとIT企業で会社員をしていたんですが、二人目の子供ができた際に育休をとり、夫の仕事の都合で北京に住んでいたんです。その時期に娘とお揃いの親子ワンピースを買ったことが起業のきっかけになりました。娘が「これを着ているときは甘えていいんだよね」と笑顔を見せてくれたときに、「服は着るだけじゃなくて、親子の絆を生むパワーを持っている」と気づいたんです。
ただ、そのときのワンピースはECで取り寄せたのですが、これが壊滅的に私に似合っていなかった(笑)。娘が喜ぶから着てあげたいのですが、もう一度着ようという気持ちにどうしてもなれなかったんです。
それなら、自分が好きな親子ワンピースを作ってもらおうと考え、いろいろ調べ始めました。北京にはお針子さんがいて、日本の3分の1くらいの値段で作ってくれるんですね。自分の好みを伝えるために、中国語も必死に勉強しました。
そうして好みのワンピースが出来上がり、娘と一緒に来ていたら、駐在妻仲間から「自分も作りたい」という声があがったんです。洋服の生地や柄を選んであげて、お針子さんに発注するということを15組やりました。
みなさん喜ばれたのですが、1組だけ、2回目に着ているのを見ていないという方が出てきたんです。確かに私から見ても「ちょっと似合っていないな」と思ったので、これは私が経験した最初のケースと同じで、似合わないから着たくないのだろうと。色や体型的なものが関係あるのかもしれないと思い、そこから骨格診断とパーソナルカラー診断を学びました。そこで得た知識を活かして作り直したところ、その方がとても嬉しそうにしていて、それから度々そのワンピースを着るようになりました。
やはり自分が好きじゃない服は着なくなってしまいますし、何より、その笑顔を見て私自身がとても嬉しかったんです。もっともっとその笑顔を見たいと思い、親子ワンピースのブランドを立ち上げたのが経緯です。
――newRのビジョンも、そこから生まれているわけですね。
newRのビジョンは「自分に似合うで、みんなを笑顔に」で、人と物を「似合う」で結ぶことで、笑顔が増えていくと考えています。
流行や年齢に縛られずに、自分に似合うものを長く大切にするのは、とても素敵なことだと思っています。自分が好きなものは長く大切に使うというのは、私自身もそうですし、子供たちを見ていてもそう思います。今はサスティナブルという言葉をよく耳にしますが、私は「大切に長く使う」ことをずっと実践してきました。子供やその次の世代にも、その精神を伝えていきたいという思いを持っています。
当社のお客様で、双子の娘さんにワンピースを2着買ってくれた方がいるのですが、3年くらいしてサイズアウトしたときに「大事にしてきた洋服だし思い入れもあるので、このワンピースの良さをわかってくれる方にお譲りしたい」というご連絡をいただきました。それを当社のお客様にご案内したところ、たくさんの方から手が挙がったんです。そうして東京の双子から鹿児島の双子へと引き継がれました。
このご案内をしたときに、「そのような取り組みをしているなら、うちの子がサイズアウトしたときにもぜひ譲りたい」というメッセージもいただきました。こうした小さな循環を続けていきたいなと思っています。
事業内容について
「似合う服を作って売る」から、「似合う物がわかる」パーソナル分析へと拡大

――親子ワンピースの製造・販売をされていますが、ワンピース以外の洋服は選択肢になかったのでしょうか?
ワンピースにした理由は、コーディネートを考えなくて済むという理由からです。当社の親子ワンピースはジャージ素材なので、手入れが楽でシワにもなりません。一日中着ていても疲れないし頻度高く着ても楽という、お母さんにとっての効率性を意識してのことです。
女性の場合、妊娠・出産など体型が変化するタイミングが多いのですが、「今しか着られない服」ではなく、ずっと寄り添える服を作りたいと思っています。妊娠したときも出産後の授乳が必要なときも着られるような洋服づくりをしたいと思い、ニットワンピースにはファスナーをつけるなどの工夫もしています。
――独自に開発したパーソナル分析も提供されていますよね。サービス内容を教えていただけますか?
「newRパーソナル分析」は顔写真や身長などをもとに似合う要素を分析して、物選びのキーワードを言語化するというものです。申込から分析のフィードバックまで、オンラインで完結できます。
具体的にいうと、顔立ちを「リラックス・フォーマル」「ハード・ソフト」の軸でマトリックスにして、パーツの形状や大きさなどからプロットした12個のグループに分けています。ここから、似合う服やコーディネート、カラー、髪型、眼鏡やグッズ、車、インテリアなど、さまざまな“似合う”を分析しています。
パーソナル分析は、やればやるほど数値的なものでは見えない何かが出てくるんですね。たとえば同じ顔立ちであっても、肌の色や髪の量、目の大きさ一つで印象が変わったりします。ですので、今まで何千人と分析してきた中でわかった傾向をもとに独自のロジックを確立し、かつ全て目視で分析しています。一人あたり約600アイテムくらいをお顔に合わせて目視チェックして、「これで間違いない」となるまで徹底的に分析しています。
――newRパーソナル分析を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけとなった出来事は2つありまして、1つ目は取締役として入ってくれたあいみさんに当社のワンピースが本当に似合っていなかったこと(笑)。それまでは骨格とカラーさえ合わせれば、みんなに似合う服を作れると思っていたので、これは本当に衝撃的でした。
よくよく考えると、これまでは私が作るワンピースの世界観が好きな方が興味を持って購入してくださるのが100%だったので、おすすめできないものがなかったんですね。ですが、あいみさんはワンピースの世界観というよりも、当社の理念や私の考えに共感して入社してくれたので、そもそもワンピースの世界観と合致していなかったわけです。
2つ目は、伊勢丹新宿店でおこなった育休明けのママのための骨格診断とパーソナルカラー診断です。育休明けのママは1回ダサくなるというのがありまして、これは体型が変わるし、ファッションに興味がなくなってカジュアルなものばかり着るようになるため、いざ出社するとなると何を着ていいのかわからない状態に多くの方が陥るためです。そこで、伊勢丹新宿店からポップアップショップの出店と並行して、悩んでいる方への診断をしてほしいというご依頼をいただいたのですが、これが大盛況となりました。
世の中にはこんなに悩んでいる人がいることに気づいたのと同時に、当社の世界観ではない人におすすめできる商品を持っていない、全員に似合う服なんて存在しないと思ったんです。だったら、全員に似合う服を作るのではなく、いろんな世界観を持っているブランドに、似合う人をつなげてあげればいい。そう考えて、“好き”と“似合う”を見つけるためのパーソナル分析を独自に開発しました。
――newRパーソナル分析は、どのような方が利用されているのでしょうか?
人前に出るときに装いに自信を持ちたいという方や、本当に何を選んでいいのかわからないという方、婚活に利用したい方、芸能系やユーチューバーなどで自分を演出したい方など、目的はさまざまです。
10代後半から60代までの方に利用していただいていて、30~40代がもっとも多くなっています。男性が2割ほどいるというのも、当社の特徴だと思います。男性はロジカルなものを求める傾向が強いので、分析方法や結果に対して納得感を持っていただいているようですね。
売る側も買う側も“ワクワクする”買い物体験へと進化

――販売員向けの研修も提供されていますが、始めたきっかけを教えていただけますか?
販売員向けの研修をおこなうきっかけとなったのは、2020年2月に伊勢丹新宿店でポップアップショップを出させていただいたときのことです。それまではワンピースを作って販売することしかやっていなかったのですが、伊勢丹新宿店の方から「お客様それぞれに似合うものを作って売る」という考え方が面白いといわれ、ぜひ販売員向けの研修をやってほしいとオファーをいただきました。
研修のコンテンツもゆくゆくはやっていこうと思っていたところに、お声がけをいただいた形です。「求められるなら、やろう」というのが当社のスタンスなので、そこから取り組みがスタートしました。
3か月間の研修でしたが、修了した販売員の方は、それぞれのお客様にどういうものが似合うのかを見るという視点に変わりました。
販売員の方は「これが新作です」「これが売れています」というように、アイテムを主語にして接客するケースがとても多いんですね。ですが、当社では主語はお客様であるべきだと思っています。「こういう理由で、あなたにお似合いになります」ということを伝えられれば、お客様も販売する側もワクワクしますよね。モノを売る・買うという行為が、販売員にとってもお客様にとっても、もっともっと楽しい体験になるわけです。
研修は私自身も楽しかったのですが、伊勢丹新宿店のご担当の方からも「みんな、ものすごく楽しそうにやっていた」と言っていただけました。お客様に似合うものを提案できる接客へと変わっていくことは、店舗販売に革新的な価値を生み出すのではと思っています。
収益化と資金繰りについて

ピンチをチャンスに。コロナ禍で学んだのは事業の柱を多様化すること
――ワンピースの製造・販売で事業をスタートしていますが、収益面ではどのような成功の構想を描いていたのでしょうか?
物を余らせるということはやりたくなかったので、もともと大量生産する気はありませんでした。ですので、最初は受注生産をしていました。百貨店の催事に出店することになってからは、どうしても在庫が必要になるので在庫を持つようになりましたが、基本的には買ってくれる人が増えれば利益が出るというシンプルなモデルですね。
――起業してから、ぶつかった壁はありますか?
やはり、コロナ禍で催事がなくなり、先行き見えなくなったことです。当社の場合は、対面での接客によって似合うものを提案するスタイルでやってきましたし、骨格診断、パーソナルカラー診断ではお客様の体に触るなど、密な接触になるので実施できないわけです。青山に事務所兼サロンを持っていたのですが、出社することもお客様を呼ぶこともできなくなりました。
ただ、これを機に独自のパーソナル分析の構築に集中的に取り組むことができました。数か月間かけてロジックをフレーム化して、サービスとして提供できるところまでたどり着きました。この頃はちょうど、当社のワンピースだけでは全てのお客様を笑顔にできないことに気づいて悶々としていた時期だったので、結果的には分析に着手できる良い機会となりましたね。
コロナ禍にあってワンピース1本でやっていくのは厳しいと実感したので、事業の柱は複数あったほうがいいなと考えるようになったのもこの頃です。当社の場合はお客様からのお声がけをきっかけに、研修、分析と事業の柱を増やすことができたので、とても幸せなことだと思っています。
コロナ禍で実施した研修は全てオンラインでやりましたが、今後はオフラインとのハイブリッドなど対応の幅を広げることも重要だと考えています。また、ワンピースの事業はBtoCですが、BtoBも視野に入れていく必要があるなど、コロナ禍ではいろんなことを学びました。
お客様から求められたものをサービスとして組み立てている
――収益性を高めるうえで工夫されていることはありますか?
収益性が高いからやるという考えはあまり無く、お客様から求められたものや役に立てるものをサービスとして組み立てている感じですね。自分に似合うものが見つかることで、みんなを笑顔にしたいという思いから始めた会社なので、全てがそこに紐づいていることが大事だと思っています。
ひとつ例を挙げると、クラウドファンディングのMakuake(マクアケ)に、newRパーソナル分析のテストマーケティングを兼ねて、ニットのワンピースを出したことがあります。ニットは新潟の工場で作っていただいたのですが、工場に出向いて「私たちは流行を追うのではなく、長く大切に着れるものを作りたい」ということを説明して、着心地が良くて飽きないものというコンセプトのもと作っていただきました。
このときは、差別化要素として、引っ掛けや穴があいたときの修理を無料でやるという特典をつけました。価格競争ではなく、お客様の役に立つことや安心材料となるものを付加価値にしたかったからです。ニットの定価はけっして安いものではありませんが、長く愛着を持って着れる服を手にすることの価値は、最終的にお客様の満足を高めると思っています。
工場には手間のかかる作業をお願いすることになるので、適正なお金を支払いたいという思いもありました。工場の方も、当社の思いを汲んで誠意をもって作ってくださいました。
――資金繰り面で苦慮すること、また、工夫していることはありますか?
当社ではマーケティングに一切費用をかけていません。お客様に見つけていただいているという状態ですので、裏返せば、いつか途切れてしまうのではと常に不安はあります。知っていただくにはマーケティングにお金をかけるべきですが、あおりの広告やSNSはやりたくないという思いがあり、そこはジレンマではありますね。
そのぶん、自分ができることとしてコストを抑えるようにしています。たとえば、当社のWebサイトは全部私が作っています。分析のフィードバックにはZoomを使っていますが、スケジューリングやURLの発行にツールを利用するなど、SaaSの安価なサービスをフル活用しています。
今は効率化・自動化ができるアプリがたくさん出ているので、本来ならそこに1人雇用しないといけないところを、これらのツールを利用することで人件費を抑えています。このあたりのノウハウは、前職でIT業界にいたことの恩恵かもしれません。
――コロナ禍で外出自粛となり、ファッションへの関心が薄くなった人も多いように思いますが、事業への影響はありましたか?
newRパーソナル分析はコロナ禍となってからリリースしたのですが、洋服を買いたいから分析を受けるというよりも、自分自身を知りたいから受けるという方が多いんですね。分析フィードバックをすると、「すごいワクワクして買い物に行きたくなりました!」と言われることがとても多くて、結果的に買い物意欲が高くなる方が多いようです。
分析を受けると、「自分はこれでいいんだ」と認めてもらえた安心感や、理解してもらえた嬉しさを感じるみたいですね。周囲から整っているといわれる人でもコンプレックスはありますし、私は人の顔に優劣なんてないと思っています。「自分のままでいい」と、本当に思うんです。自分では気づかなかった自分を発見できてワクワクすることも、パーソナル分析で得られることの一つだと思いますね。
今後のスモールビジネスの世界をこう見る

経営者の哲学がブレない会社は淘汰されない
――女性が起業するときに必要なことは何だとお考えですか?
女性はあれこれと不安になって二の足を踏むケースが多いので、まずはやってみればいいのではと思います。やってみないとわからないことのほうが多いですから。それと、自分が心からやりたいと思っているかが大事ですね。自分が好きなことなら、ものすごいパワーを注げますし、壁にぶつかっても乗り越えていけます。
ただ、やりたいことが明確になっていないのに、焦って始める必要はないと思います。周囲に副業する人や独立する人が増えてくると、「自分も何かしなくちゃ」と焦ってしまうのかもしれませんが、必ずしも何かを始めなければならないということはありません。
やりたいことをやっている人のそばで頑張ってみるのも一つの選択ですし、人口的にいっても、そのポジションのほうが圧倒的に多いわけですよね。そういう人を見つけて、一緒にやっていくのも良い方法だと思います。
――今後のスモールビジネスで、勝ち残る企業と消えてしまう企業の境目はどこにあると思いますか?
今は副業する人が増えていて、一社に勤めるのではなく、独立起業を考える人が増えていくと思います。その中で勝ち残るのは、やはり経営者の哲学がブレない企業だと思いますね。逆に、何がやりたいのかわからないような会社は淘汰されるのではないでしょうか。
最近はビジョンやパーパスといった言葉が頻繁に使われていますが、地球環境的な規模で言語化された、どの会社にも当てはまるような汎用的なものが多いという印象があります。規模感が大きすぎると、逆に事業を通して何を実現したいのか、ぼんやりしてしまうように思います。
――今後、中川さんはどんなことに挑戦したいとお考えですか?
私たちが実現したいのは、長く使うというサスティナブルな物の循環を作ること。そのためには、自分が好きなものを見つけることが大事です。
“好き”が真ん中にあって、「必要な量だけを作る」→「お客様起点で売る」→「本当に欲しいものを買う」→「愛着を持って長く使う」→「みんなでシェアする」という循環が理想的だと考えています。いろいろなサービスや仕組みを作りながら、こうした世界を実現するための挑戦を続けていきたいです。
(インタビュー:土井 啓夢 文:社 美樹)