ボランティアで視野を広げる。ワーキングママのキャリア支援の新しい形に挑戦
【連載コラム】女性起業家の経営とファイナンス

女性ならではの視点を活かして、社会に新たな価値を提供している女性起業家。この連載では、女性起業家の経営ストーリーをインタビュー形式でお届けしていきます。
今回は人材サービス業界に長年勤務した後、ワーキングママのキャリア支援を行う株式会社mogを立ち上げた稲田明恵さんにご登場いただきます。働くママたちのキャリア支援の新しい形、そして起業の際に味わった思わぬ苦労エピソードなどをたっぷりと語っていただきました。
●インタビュイー:
株式会社mog(mog Co.,Ltd)
代表取締役社長 稲田明恵さん
●プロフィール
2004年に株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)に入社し、人材紹介の法人営業や新規事業の立ち上げを経験。2015年12月、第1子の出産を機にワーキングママが抱える悩み・不安を解消したいと「ママボラン」を構想し、業界初のボランティアマッチング事業を展開。その後、人事マネージャーとして人事労務の運用、研修・採用領域を担当。2019年8月、女性が仕事を通じて自己実現できる社会を目指して株式会社mog (ママ、お仕事がんばって!)を起業。
事業内容について

ワーキングママに特化した転職サービスを展開
──mogではどのようなサービスを提供しているのでしょうか?
mogは「ママ(m)お仕事(o)がんばって!(g)」という名前の通り、働くママたちのキャリアを支援していこうという思いで始めた事業です。
ワーキングママに特化した転職支援サービス「ママリブラ」を中心に、他社でのボランティア活動を通じて自分のキャリアを見直していく機会を提供する「ママボラン」、企業からの業務委託や採用支援を行う「ママステラプロ」の3つのサービスを展開しています。
──ママリブラは「プロフェッショナルママに特化した転職エージェント」として展開していますね。
私は元々大手の人材サービス会社に勤務していましたが、大手の会社でもワーキングママに特化した求人は扱っていませんでした。ママリブラは私たちが“プロフェッショナルママ”と呼んでいる高いスキルを持つママ向けの求人を取り扱う人材紹介サービスです。現在個人登録が約3500人、求人企業は100社以上に上ります。
ママたちは時短勤務や残業のない働き方といった時間的な制約があったり、リモートワークを希望するケースも多くありますが、育児をしながら働く大変さを感じつつも仕事を自分のアイデンティティの一部と感じ、自身のキャリアを伸ばしたいという意欲も強く持っています。
とはいえ、日本ではまだまだそういった時間的、場所的な制約のある人材を外部から採用していこうという企業が少ないのが実情。ママリブラでは社員の多様性を尊重し、労働時間ではなく成果で社員を評価する企業の求人を丁寧に集めてきて、スキルの高いママたちとのマッチングに力を入れています。
少し前まではママ向けの転職支援サービスというと、出産・育児をきっかけに家庭に入った方が子育てがひと段落して復職するときのリワーク支援が主軸でした。ママリブラの場合は、登録者の9割以上は在職中の正社員の方。育休後に復職してワーキングママとして働いている中で、今後の自分の成長や仕事のやりがいといった部分で悩みを感じている方たちが多いんです。そういったママたちのキャリア支援を行っています。
育休中にボランティアとして知らない世界で勤務。キャリアを見直す機会に
──育休中のママに本業とは違う場所を提供して、ボランティアとして働いてもらうママボランというのはユニークなサービスですね。どのようなきっかけでアイデアが生まれたのでしょうか?
ママボランは転職ありきのサービスではありません。育休中にボランティアとしてリモートワークでスタートアップ企業やNPOの事業に関わり、本業ではできない経験を通じて自分のキャリアを見直し、今後のキャリア形成に役立つ場にしていただく。人材サービス初のボランティアマッチングサービスです。
ママボランは前職のパーソルホールディングスに勤務していたときに立ち上げたサービスです。私は17年間キャリア支援の仕事をしていますが、自分自身は一度も転職したことはありません。15年間会社員として働いてきて、新規事業の責任者を任されたり、採用や研修を担当する人事マネージャーも務めてきました。しかし、出産時に自分自身の今後のキャリアについて思い悩むところがあって。そんなときに子連れでのボランティアでNPOの採用のお手伝いをしてみたら、自分の中でやりたいことがすごく明確になったんです。
やはり、思い悩んでいるよりも自ら動いて体験した方が人は学びを得られるものなんだと思いました。キャリアの節目に直面するママたちこそ、こうした自分のキャリアを考える体験型の機会が必要なんじゃないかと。それがママボランの事業をスタートしたきっかけです。
ワーキングママはどうしても子育てと仕事でいっぱいいっぱいになってしまいがちですが、ボランティアとして自分の知らなかった世界の仕事を経験することで視野が広がり、やはり自分は仕事をするのが好きなんだという思いで復職することにも繋がっています。
ボランティアとして登録したママたちは“自分でお金を払って”働いている
──ママボランではボランティア活動をするママたちが会員費を支払っているんですよね。非常に面白い仕組みだと思いました。
そうですね、ママたちが自分でお金を払って、他社で就労体験をする。そう考えると本当にユニークですよね。ママボランには30代の大手企業勤務の方を中心に現在約100名の登録があり、会員のママたちからは月額1650円の会費をいただいていています。ボランティア活動に加えて、会員同士が交流したりイベントに参加できるコミュニティに参加したりできます。
もうひとつ、ボランティア体験を次のキャリアに繋げるために3ヶ月間のキャリアデザインプログラムを実施しています。ボランティア活動と並行して20種類程度の研修を受けたり、キャリア支援のプロによる個別カウンセリングを受けたりして、体験の意味づけを深めていってもらいます。
──自分でお金を払ってでもボランティアとして他社での経験をしてみることで、どのような価値を見出していけるのでしょうか?
やはり、ボランティアを通じて自分を見直す機会が得られるという意義が大きいですね。「働く機会」というのが一番のインセンティブであり、自分にとっての刺激、動機づけになります。自分の持つスキルを生かしてベンチャーで働いたり、未経験の分野で報酬を得ながらできるかどうか自信がないけれど体験してみる、そうした機会を得てキャリアアップを図ることができるんです。
私は転職だけがキャリアの悩みを解消する手段だとは思っていなくて。外の世界を知ることで視野が広がることもあります。ママボランを通じて「やはり自分は仕事が好きなんだ」という思いに至ったり、転職を考えていた方が自社の魅力を再認識して復職し、大手上場企業で管理職を務めているケースもあります。
起業のきっかけ

会社員時代と比べて収入が減ってもチャレンジする価値があった
──大手人材会社でキャリアを積んできた稲田さんが独立して起業したきっかけを教えてもらえますか。
自分の中で“もっとチャレンジしたい”という気持ちが高まってきたのが一番大きいですね。会社員時代にも新規事業の責任者を務めていましたが、やはりそれは与えられた土俵の中で守られている存在なんだなと。独立してリスクを負いながら仕事をしている経営者の方たちと人材採用の業務でお会いしている中で、それを痛感しました。
小さな会社の経営者の中には、ビジネスモデルとしての評価は高くなくてもすごく強い思いを抱いて事業を営んでいる方が少なくありません。自分の足で生きていく面白さを感じているのが伝わってきます。やはり、同じように仕事をするのであれば、何のために働いているのかをはっきりと感じていたいと。今の収入は会社員時代の6分の1程度に下がりましたが、それでもチャレンジする価値はあったと思っています。
CPAを下げることで収益化を実現する
──mogの事業の収益化プランはどのように考えていたのでしょうか?
長年、人材サービスの業界に身を置く中で問題点として感じていたのはコストの大きさです。多額の費用をかけて求人企業側と求職者側の情報を集めてマッチングしていくわけですが、個人のレジュメを獲得するためのCPA(顧客獲得単価)が2万円から場合によっては15万円ほどかかってしまっているという現状がありました。
これは顧客獲得が、「個々の求職者の方が転職を考えた時」という“点”で行われていたからなんです。mogではそうした“点”ではなく、求職者の方が生活状況などの変化に合わせていつでも利用できる“線のサービス”を提供していこうと考えました。ママたちの場合は出産や育児、子どもが小学校に上がると仕事の継続が難しくなる「小1の壁」、配偶者の転勤といったライフイベントの変化がさまざまなタイミングで起こります。mogはそういったママたちが何度でも利用できる“線で支援できるサービス”を目指しています。
線で繋がることができれば、1人あたりの顧客獲得単価はどんどん下がっていくことになります。今、mogは旧来型のビジネスモデルに比べて格段に優れたコスト効率を実現しています。ママリブラでそういった方の転職を支援するだけでなく、たとえば、ママボランでキャリアの見直しの機会を提供し、さらに企業からの業務委託を請け負うママステラプロでフリーランスとして働く専門性の高い方に案件をご紹介するなど、線で繋がったサービスを提供していこうと考えています。
──起業前に向けてどのような準備を進めていたのでしょうか?
人材サービスのビジネスモデルは、売上が上がるまで非常に時間がかかるという特徴があるんです。たとえば個人の方に登録していただいて転職先が決まったとしても、企業への請求日は入社日、入金は翌月なので、キャッシュが入るのは登録から数ヶ月以上先になるケースが大半です。
キャッシュが手元に入るまでに時間がかかるサービスということはわかっていましたので、2019年7月末にパーソルホールディングスを退職し、ママリブラの業務をスタートする8月の時点ですぐにでも売上を立てられるように、会社の登記や職業紹介の許認可など色々と退職前に準備を進めていたんですが……。起業後に思いがけない困難に直面することになりました。
資金繰りの困難に直面
創業時に用意した800万円が3ヶ月で底をつくことに
──起業後に直面した困難とは何だったのしょうか?
起業の際、mogのビジネスモデル自体には自信を持っていましたが、やはり不安の種はお金の問題でした。4人でスタートしているのですが、経営者として共に働いてくれる仲間たちの雇用を守り続ける責任もありますし。今でも時折不安を感じていますが、スタート当初の資金繰りには本当に苦労しました。
起業時には経営陣が出資した資本金500万円と、創業融資で受けた運転資金300万円を合わせた計800万円を用意しました。これがたった3ヶ月で底をついてしまったんです。このままでは給料が払えなくなってしまう。いったいどうしたものかと愕然としました。
──どうしてそんなに短期間に800万円もの金額が出ていってしまったのでしょうか?
当然発生するのが人件費で、当時は毎月100万円ほどかかっていました。それに加えて、ホームページの制作費用やWEBコンサルティング費用、さらにクラウドの基幹システムの導入費用も多額に上りました。他にもさまざまな出費が重なったんですが、細かいところまで覚えていられないくらいで。もっとしっかりと入出金の管理を行っていればよかったと反省しています。
今でもそうですが、売上の発生と実際の入金の時期が大幅にズレる業界だということは頭ではわかっていても、人件費をはじめ、さまざまな名目で毎月口座から多額の金額が引き落とされて残高が減っていくのを見ていると、経営者として胃がキリキリするような思いにかられます。スタッフを1人雇用するだけで、たとえば年収300万円だったとしても実際には年間500万円くらいの負担になりますからね。
企業で新規事業の責任者を務めていたときは、初年度に多額の費用が発生してマイナスの収支になったとしても、次年度の計画を示せばゴーサインを出してもらうことができました。起業してみて、数百万円の金額で経営が危機的な状況に陥るという怖さを身をもって知ることになりました。会社員時代にももちろんPL(損益計算書)は十分に頭に入れていましたが、経営者となって肌感覚でお金の重みを感じるようになって。すごくいい経験をしていると思っています。
1700万円の融資を受けるも700万円しか振り込まれなかった理由
──融資の活用という面では苦労した点はありましたか?
最初に受けた創業融資に加えて、メインバンクの西武信金から会社の登記先である渋谷区の創業融資を紹介していただきました。実質金利0.2%で上限2000万円まで融資枠があるんです。予算計画書や実行計画書を詳細に作り込んで、運転資金と設備投資費用を合わせた1700万円の融資を受けられることになったんですが、この融資金額の振り込みをめぐって目算違いが起こりまして……。
1700万円満額が口座に入ると思っていたら、予算計画書の運転資金分の700万円しか振り込まれなかったんです。設備投資費用として計上した1000万円はシステム開発が完了してから振り込みますと言われて。1700万円全額の融資を前提に考えていたので非常に困った事態に陥ってしまいました。
設備投資分の融資額は設備投資が完了した時点で振り込むというのは製造業を前提にした考え方で、機械設備を導入するのであれば設備費用は即座に発生しますが、システム開発をIT会社に発注してもすぐに全額を払い込むことはありません。たとえば200万円くらい手付金として支払って、開発が完了したら全額払い込むといった形になります。私自身、設備投資費用と運転費用の違いを正確に把握していなかったという問題もあったんですが、振り込み時期について十分な説明を受けていなかったということも伝えながら粘り強く交渉して、なんとか1700万円全額振り込んでもらうことができました。創業した2019年の年末のことですが、その後コロナ禍による影響もありましたので、あのときに粘っておいて本当に良かったと思っています。
今後の経営計画・女性起業家へのアドバイス

インセンティブ設計に会社の経営思想が現れる
──起業当初は4人のメンバーでスタートして現在は6名体制となっていますが、会社経営の面で重視しているポイントはありますか?
今後売上をいかに伸ばしていくかを考えていく上で、インセンティブの設計がすごく大事だと思っています。売上に対してどのように社員に還元していくかですね。固定費として支払う部分を高めるか、売上に応じた報酬を高くしていくか、色々とシミュレーションしながら考えています。
インセンティブの設計の仕方には会社経営の思想が現れると思っているんです。人材サービスの世界でいえば、サポートする人数に応じたインセンティブにするのか、それとも売上金額に応じた形にするのか。売上金額であれば、年収の高い方をサポートするほど担当者の報酬が上がることになります。しかし、それでは担当者の力の向け方に偏りが出てしまうことになりかねません。
mogとしては会社の理念として、より幅広くママたちの転職支援、キャリアアップの機会支援を行っていきたいと考えています。メンバーの皆と話し合った際にも、金額よりも人数を大切にすべきだという意見でまとまって。サポートする人数に対してのインセンティブという形を取ることにしました。
──起業から2年半近く経過して、経営姿勢に変化が現れてきた部分もありますか?
2022年には社員が一人加わり、7人での体制となります。フロント人材を強化して売上規模の拡大に優先的に取り組んでいきたいと考えています。経営者として利益の確保よりも売上拡大への挑戦を重視する姿勢にマインドチェンジしているところですね。
──コスト面に対しての考え方にも変化がありますか?
人材投資や多額の費用がかかるシステム投資などに対しては二の足を踏むところもあったんですが、メンバーたちと話をしていて「今アクセルを踏まなければ、いつ踏むんですか」と言われて。メンバーは安定を求めてmogで働きたいと思っているわけではないんです。私たちが思い描くサービスを実現するために起業して、ここに集まっている。多少のリスクを負ってでも目標の実現に向かって挑戦していきたいと考えています。
一度起業したら会社員に戻れない時代ではない
──ワーキングママとして起業した稲田さんの視点で、今後起業を考えているママたちへアドバイスを送ってもらえますか。
今は起業家にとって恵まれている時代だと思っています。意欲のある方は在職中から機会を見つけて小規模の個人事業を手がけてみるなどして、お金の動きを見るというところから始めてみてはいかがでしょうか。自分でツールを用意しなくてもクラウド上で利用できるサービスが豊富に揃っており、コストを抑えてサービスや製品を開発するリーンスタートアップが可能な環境が整っています。売上とコストといった、社員としては味わえないお金に対する実体験が得られるのも大きいですよね。一度自分で会社を経営することで、MBAで修得する内容とはまた違った学びが得られるのではないかと思っています。
もうひとつ、起業家にとって追い風なのは、今は昔のように一度起業したら二度と会社員に戻れないという時代ではないこと。むしろそれをプラスの評価として迎え入れてくれる企業も増えています。
私自身もそうでしたが、24時間頭の中を占めていても楽しいと思える仕事があるのであれば、その領域で起業してみるのがいいのではないかと思います。
(インタビュー・文:宮澤裕司)
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